WORDBOOKER、取りあえずブログ更新の連携をやめてみた。
これで、単に「いいね(LIKE)ボタン」「SHAREボタン」が付いただけになってしまう、ということか?
さて、前回書いたとおり “Facebook” やっております。
昨夏の終わり頃からなので、まだ半年も経っていない。
こいつの友だち検索機能っつうのが凄い。
mixi は、気づいたらもう5年くらいやっているのだけど、友達数は完全に並んでしまいました。
まあ、基本は本名登録なんで、人を探すのには確かに便利。
昔々に一緒にバンドをやってたA部クンと、30数年ぶりに接点ができたことなんて、奇跡としか思えないし。
ただねぇ・・・。
プライベートとそれ以外は分けたいところなんですね。
今のところ無いのだけど、会社のいわゆる業務だけの付き合いの人から見つかっちゃうこともあるんでしょうね。
ま、その時はその時かな。
で、ちょっと一休み。
金曜の夜、兵庫は尼崎からやってきたマクヴァウティ大和氏とのショット。
ジョークです。
そんな、変な嗜好はありません。
阿佐ヶ谷で、小安田憲司氏やtom斉藤氏にも来ていただきました。
残念ながら、この日に大きな星が二つ墜ちてしまいました。
Johnny Otis, Etta James.
特に、ジョニー・オーティスはR&Bの中でとても重要な位置にいた偉人。
閑話休題
前回お知らせしましたが、” WORDBOOKER” というツールを導入しました。
これは、Wordpress で作っている当ブログと Facebook の連携ツールなのだが、設定が多すぎて良く判らない。
いちおう、このブログをアップすると自動的にFacebookにもアップされる(はず)。
問題はコメント欄。
ブログ本来のコメント欄に加え、Facebook仕様のコメント欄も追加され、なおかつ Facebook の方にも、もちろん・・・・。
前回のは、アップ後に設定を変えてみたりしたらコメント欄が消えたりして、もうわけわかりません。
とりあえず、コメント欄はひとつにしましたが、当面は設定変更などしながらの試行錯誤でしょう。
しばらくは、皆さんにご迷惑おかけすると思います。
すんません。。。。。
ブログに “WORDBOOKER” 導入してみました。
果たして上手く反映されてるのかどうか?
Google Chrome では、ダメみたいです。
昼休みのひと時。。。。。
※追記
言葉が足りませんでした。
“WORDBOOKER”とは、WORDPRESS と FACEBOOK の連携ツールなのです。
ちなみに、WORDPRESS とは、ブログのソフト名で、このブログは WORDPRESS で作られております。。。
あけましておめでとうございます。
昨年は、いろいろありました。
あの大地震とメルトダウンで、正直もう日本も終わりかと思った瞬間もありましたが、
今年は良い年になることを切に祈る次第であります。
そうそう、年末のことですが、このブログのURLが変わりました。
http://www.masazumi-ito.com
です。
まあ、以前のURLでも、こちらへ飛んで来ますんで問題はないと思われますが。
サイトの移行にご尽力いただきました tom斉藤さん、ありがとうございました。
さて、年末年始近況でございます。
年末は12/29に仕事納め。
労組の後輩たちと、たん~まり呑んで翌日は半日撃沈でした。
二日かけて大掃除。
そして、大晦日は年越しそばです。

長女は、カウントダウンライブだかにお出かけ。
残った3名は元旦の朝から池袋です。
目当ては、パ〇コの福袋。長蛇の列です。
私・・・とりあえず正月ムードを味わいに行っただけなので、タ〇ーレコードやらイシ〇シ楽器やら見て周り、結局は福袋とは関係ないドンキ〇ーテにて通勤用の靴を購入するのみ。。。。
個人的には、数の子と酢だこと日本酒があれば問題なし。
あ、日本酒が写ってませんね。
今年は不況につき、近所の生協で購入した980円の大吟醸(こんなのあるんですねえ)です。
元旦の夕食は伊藤家恒例のすきやき。
おせちがなかなか出てきません。
娘二人は、お婆ちゃんからのお年玉目当てです。
お参りの列に並ぶ前に露店で食料を確保して食べる食べる。
ああ、最近はおせちの消費が少ないですこと・・・。
そして・・・・帰宅してやっと年賀状作成。
今年は、かなり手抜き作品でした。。。
本日、午後より年に2回の同級生セッション!
この年に2回登場するのが、このギター!
ああ、かつてGIBSONといえば20万を下ることはなかったのに・・・。
この1996年製SG-Specilですが、なんと4万ちょいでした。
まあ、腐ってもギブソン!
本日、これからマーシャル直結大音量大会にGO!
みなさま、本年もよろしくお願い申し上げますっ!
(正月、体重がだいぶ増量してしまった気がします・・・)
一昨日の12月1日。
アーマ・トーマス嬢に20年ぶりの再会。
そう、あれは日比谷野音だったはず。
あれから20年か。
初来日は1987年だったかな?
青山CAY で貰ったサインは私の宝物。
あれから何と24年か!
ライブ前に大阪公演のもようは、マクヴァウティ大和氏から仕入れてあった。
グッズ、CDは持ってきていないとのこと。
万が一、またサインがもらえる状況があった場合に備え、仕事放ってアキバのタワーへ。
1枚だけあった。
“Simply Grand”
げ、ジャケが真っ黒。中も裏もみんな真っ黒。
しゃあない、最悪プラケースにしてもらうか・・・。
ビルボード東京、第2部なんで21時開場である。
が、随分早く着いてしまった。
六本木ミッドタウンである。
あああ・・・なんて、俺って似合わないんだろ・・・・。
会場に到着。ちょうど第1部が終わった頃。
べラさんや野間君たちとすれ違う。
「ばっちりよ!」
「いとー!!」どすの利いた声が・・・・おおっ!LEOさん。
まだシラフの小堀はんも。
さすがLEOさん、東京全公演制覇だそう。
「うん、これだけはね、これだけは許してもらうわ!」

アーマのチケット買うだけのためにビルボードの会員(無料)になったわけである。
web予約をすると、ちゃんとチケットが発券されるのよ、LEOさん。

全景が見渡せます。
開演前はステージバックの黒いカーテンが開いているので、外のライトアップが美しい。
ちょうど席の後ろにうまいことスモーキングルームが。
さ、開演前に一服・・・・。
中には・・・・・またいました、小堀さんとLEOさま・・・(笑)
21時35分。さあ、開演。
当初、バックバンドに難ありとの情報があったが、いや大丈夫。
けっこういなたい。
ん?なんか変だな?
おおおお!ベースがおらんわ!
ギター、ドラム、キーボードX2,サックス、ペット、の6人編成。
アーマ、2曲目で登場!
うおおおお!!
一時、けっこう丸々としていたが、ちょっとダイエットした?
腰回りは圧巻ですが。
ちょっと足も悪いもよう。
が、歌いだすと、ステップは見違える!
前半は新しめのナンバー。
中盤からかつてのオハコ、そして圧巻のセカンドラインへとなだれ込む。
私、Wish someone would care では、思わず涙腺が・・・・。
ちなみに、2日目の第2部に行ったO地氏からも、速攻で「泣きましたメール」が。
これを感涙なしに語れるものか!!!
ジャケが黒くてサインが書けないかと思ったが、アーマさん慣れたもので、うまいところに書いてくれました。
よくアーマの右肩を見てください。
思わず、アーマの肩に手をかけてしまいました。
キャ~!!
Thank you ! Irma Thomas ! !
I love you, forever ! !
追伸
つたない私のブログより、ためになるLEOさんのブログをぜひ!
木曜の夜、仕事も何とか終わり事務所を出る間際に、ちとwebを閲覧。
すると・・・中村とうようさんの死亡記事が。
しかも、自殺・・・・・。
いい意味でも、悪い意味でも、たいへん影響を受けた方だ。
中学、高校の多感な時期に、歯に衣を着せぬ音楽評はちょっとした凄みを感じた。
ブルースだけでなく、ジャンプやジャイブがこれだけ日本で定着したのはとうようさんの功績が大きい。
TBSラジオの「11-30ブルース」、一生懸命聞いた。
もちろん、アフリカをはじめとする第3世界の音楽の造詣も深かった。
新宿住友ビルでやってた芸能山城組の「ケチャ祭り」も行ったなぁ。
1974年、ブルースフェスティバルを始めたのもとうようさんの力。
最盛期のファニア・オールスターズも呼んでくれた。
1969年創刊の「ニューミュージック・マガジン」(現「ミュージック・マガジン」誌)。
たぶん読み始めたのは創刊4年目くらいからか。
それまで読んでいた音楽誌と明らかに視点が違っていた。
ブルースをはじめとするブラックミュージックの数少ない情報源であり、「とうようずトーク」という独特のコラムは毎号の楽しみでもあった。
古本屋でバックナンバーを探して歩いたのが懐かしい。
たぶん、業界では敵だらけだったと思う。
当人、そんなことは全く気にするような方ではなかっただろうが。
それだけに、自殺というのがよく判らない。
もう79歳だったし。
今回、とうようさんの私財が武蔵野美大に寄贈されていたことを知った。
たぶん、すごい量と質なんだろうな。
とうようさんのコレクション音源を基にLP化された曲も多いはずだ。
世間では渋谷陽一氏との論争が有名だが、個人的には日暮泰文さんとの「B.B.KING論争」が懐かしい。
この雑誌、1982年4月発刊なのに、なぜか堂々と「1981」の文字が・・・・。
残念だ。
合掌。