2022年8月の投稿

BLUESを聴き始めたのが中学3年頃だったので、それまではブルースロック少年だった。
その頃、国内でリアルタイムに大活躍だったのが竹田和夫さん、森園勝敏さん、と言った方々。
そして春日博文さんも。
高校1年(1975年)の5月に再来日したグランド・ファンク・レイルロードを武道館で観た。
(AMERICAN BANDを出した後だったので「レイルロード」はバンド名から外れていたかな)
オープニング・アクトのカルメン・マキ&OZを初めて生で観た!
グランド・ファンクはカラオケバンドの域を抜け出せてなかったから、OZの方が印象に残った。
その3か月後に、後楽園球場で「WORLD ROCK FESTIVAL」を観た。
私はフェリックス・パパラルディ観たさだった。
その時、ジェフ・ベックもやってきた。
ドラムがバーナード・パーディで、キーボードはマックス・ミドルトン、ベースがウイルバー・バスコム。
ところが当のベック本人が風邪で不調。
だからか、フェスの2番目に登場した。
そして、その次に出てきたのOZだった。
ある意味、ベックを食っちゃってた。

そんな昔の思い出話だが、話は突然2022年。
いつもお世話になってる下北沢のラウンでハチさん(春日さん)のライブがあるという。
店主の吉田さんから誘われて予約。
吉田達二さんは、その昔カルメン・マキ&MOSESでベースを弾いていたので、マキさん繋がりなのか?
いや、吉田さんとマキさんは麻雀繫がりだ(笑)
ハチさんも麻雀だな(笑)
なんとチャージ2,000円!?ホンマでっか?
ベースは子供バンドにいた勝誠二さんだ!
ドラムのマイク・マリントン、どっかで聞いた名前。。。
ああ!加藤エレナバンドのドラムじゃないか!

ということで、久々にロックの醍醐味を。
マイクはトラだったけど、バッチリ合わせてた、凄い。
こう弾いたらこう返す、こんな感じで弾けばこんな感じで叩く。
この3人、三位一体って感じで、これがロックだよな、と思い出させてくれました。



ホントにチャージが2,000円だ。

あり得ない!




こんなに間近で見られるとは!




ベースの勝さん。

バイオリンベースは軽いと、喜んでいた。



けっこうな爆音でした!



この日のヒーローはドラムの Mike Marrington。

ほとんどぶっつけ本番とのことです。



終演後の、おつかれさん飲み会。



何を驚いてるんでしょ!



2ショットも頂きました。

ありがとうございます~!!

お盆休みも終わるころの金曜日。
休みの長いところは、この日まで夏期休暇だろうか?
嗚呼、学生の頃の夏休みは1ケ月以上もあって良かったなぁ。

いま、そんなに休んだら、人間がダメになってしまうだろうなぁ。
いや、ダメな人間が一番のような気もするが、この歳だと廃人まっしぐらになりそうで、ちと怖い。

お盆休み最後の金曜、そして街中コロナってことで、いつもは人の多い新宿西口「小便横丁」、
あ、この表現はいけないんだな、「思い出横丁」に寄ってみた。
『きくや』
思い出横丁の線路際の通りである。
この店は若い時から知っている。
昭和32年創業との事だから、私より2歳先輩である。
「もつ焼き きくや」が正式名。
豚肉はこの店だ!!
マルチョウを初めて食した店も、ここだったかもしれない。
チューハイも「元祖チューハイ」の名前で出している。
最近、お父さん(ご主人)を見ないと思ったら、元気だけど「お店は引退した」とのこと。
時代は変わるのね~
今は息子さんが継いでおります。

話は戻るけど、そんなわけでこの人気店も金曜だというのに、若干空いてる感じ。



いつもは「メンチとコロッケ」が定番だけど、この日はコロッケはやめてメンチとポテトサラダ。
何故って?きくやの名物コロッケの中身は、この特製ポテサラなのだ。
味の濃い、つまみにサイコーなポテサラ。

あと、島ラッキョウも旨し!




おっと、牛刺し!
これは2年近く前に並びに出来た姉妹店「酒処キクヤ」からの出前なのだ!
「酒処キクヤ」は、思い出横丁唯一の地下店舗?
2020年の11月にオープンしたばかり。
こちらと違い、ちょっとダイニングバー的なおしゃれ感。
栄光富士があって大喜びしたことがある。

ちなみに、どちらのきくやも喫煙OK店で、これまた嬉しい!




2時間半ほど呑んで「きくや」を後にする。
そして・・・・・俺ってタフだなぁ、三鷹バイユーゲイトへ河岸を代える。
居たのは、野音のヒーロー、前日に1つ歳を重ねた店主、そしていつも小さなお姐さん。

泡盛を数杯呑んだが、さすがにあまり記憶ないかも(笑)
でもちゃんと写真は残ってる。
前回、ここで呑んだのも、けっこう酔った記憶が。。。
まあ、休みの前の日だから、いいっか。


8月13日、台風直撃である!
が、清瀬高校のお友達4人は所沢のリハスタに集まったのである。
楽器は持ってるが、まぁ同級飲み会である。

思えば45年前だろうか。
そうだよ、1977年のことだった。

私が通っていた都立K高校(あ、既に実名書いてたか。。)というのがちょっと変わったとこで、新設校(私達が入学して3学年揃った)でありながら、どうやら進学校を目指していたっぽい。

ネクタイは無茶苦茶光る黄色(タクアンネクタイと呼ばれていたが)。
「祭り」が嫌いらしく、「体育祭」は「体育大会」。
「文化祭」は無く、その名も恥ずかしい「学芸発表会」。
この学芸発表会とやらをぶっ潰して「文化祭」に変えるために、私は毎年この委員会に立候補、活動していたのである。
クラスで8ミリ映画を作って、合唱コンクールで優勝して、あっけなく高校3年目の学芸発表会は終わってしまった。
最後のファイヤーストームの場で、私は校庭の朝礼台に上がり「アジ演説」を行い、タクアンネクタイを火の中に投じようとして教師に羽交い絞めにされて止められ、文化祭の夢ははかなくも消えたのであった。
9月の秋分の日あたりのこと。

まあ、当然そこからは大学入試を目指す高校最後の半年間が始まるわけだが。。。

どうも、このクラスは団結力が無茶苦茶強くなってしまったのだ。
速攻で次の行事を計画する、正丸へキャンプである。
たぶんクラスの半分近くが参加したような。
ジェイムス・カーのTシャツを着てる私の写真があった。
恥ずかしくて見せられないが。
時期が時期だけに、親に嘘ついて参加した者もいたようだ。
まぁ、当然だが。

キャンプも終わった、さてどうしよう。と思った私。
クラスでバンドでも作るか(笑)

出来てしまった。。。

まるで素人をドラマーに。
生ギターをポロンと弾くことしかできなかった男をベースに。
今でも三味線のようなギターを弾く男。
体育会系女子にキーボード。

バンド名は「BOBO」。
コーラスに女子3名を入れてこちらのグループ名は「BRAZILS」。
そう!ボボ&ブラジルズ。
往年のプロレスラーである!!

クリスマスコンサートもやった。
クラスの半分以上は来てくれた!

翌年、もう一人のギタリストとベーシストは一浪となった。
人生の階段を一段踏み外したのであった。




コロナで一度は閉店した「百味」。
ファンの要望で再開!
親父さんは、もう店に出てないみたい。
(経営が代わったとか?)
昭和の大箱居酒屋は生き残ってもらいたい!!




大瓶が、なんと破格の480円!!
採算取れるのか?

チューハイ類は10円値上げして、230円になってました。
大瓶は以前は460円だったかな?

そして土砂降りの中、スタジオへ



背後霊のような男はドラマーのE澤氏。
英語力を生かして仕事をしていたが、なんと今はタクシードライバーに転身!

私は所沢ということで、松坂大輔メモリアルTシャツ!!
ちなみにマスクもライオンズマスクです。




THE NG’sでも同僚の、ベーシストO江氏。

まだ下の子は高校生。
お父さん、頑張らなきゃね。


前呑みが効いて、すっかり演奏の記憶が無い。

そして、ちょっと雨風も収まってきたので、スタジオ終了後に飽きもせず、また「百味」に。

いい夏休みでした(笑)


45年くらい前の話なので、記憶が怪しいが。
大学に入って1年間はサークルに忙殺されて好きなことも出来なかったが、サークルも脱会できた翌年からやっとブルースバンドを再開させ、何故か初のライブハウスが思いっきりアウェイな上福岡「のらろば」という店。
あの頃は基本的に機材はバンド持ちこみだったので私も新宿エルク(その頃はもうKEYだったな)の店員だったT氏のツテで1970年代末期最後の銀パネのツインを13万で買った。
お店(のらろば)は細長くて小さなところだったが、当時その店のレギュラーバンドだった「子供バンド」がイーストウエストで優勝した直後で、そんな話をMCで喋った記憶が。
今みたいにインターネットも無い時代だから、お店で聞いたのだろうな。
ライブの日はちょうど台風が来て帰りの志木街道でバンド車が側溝に落ちてえらい目にあったなぁ(笑)

あれから45年、子供バンドのボーカリストと呑んでツーショットに収まるという快挙の昨夜でありました!!









PRETTY THINGSのTシャツってとこが、なかなかに渋いっ!