2012年6月の投稿

小さな話題は、Facebook にちょこちょこ書いてしまうので、こちらのブログはついつい大作狙いになってしまい、結局面倒臭くなって更新が滞る毎日でございます。。。


まずは、6月16日に久々のリハーサル。
ドラムの吉田氏、突然の骨折騒ぎで暗雲立ち込める THE NG’s でありますが、とりあえずはドラムレスでの練習。
歳とってからの骨折、治りが遅そ~。
引退の危機でありましょうか?

小音量リハなので、ギターは一番ハウりやすいFRAMUSを持参。
日本ではあまり知られていないメーカーだが、西ドイツのビザールもの(1968年製)。
30年近く前、買ってすぐに吉祥寺・曼荼羅のライブで使用するも、Fホールにガムテープ貼って使用した(マーク・ファーナーか!)曰くあり。


このリハの前日、久々の旧友との再会、
しばらく名古屋方面に御隠れになっていた佐藤氏と20年ぶりの再会。
彼は ”LINDY HOP” というバンドで一緒にギターを弾いた仲。
そう、上記の FRAMUS を入手した頃だから、28年くらい前の話!
相変わらず、見事にダウンホーマーである。
去年、アーマ・トーマスを見て思わず涙腺が緩んだという話をしたら、「オレはかつてロウエル・フルソンの Sinner’s Prayer で号泣した」という、頑固者。
しばらくギターは弾いていないそうなので、まずはFのコードが押さえられるかどうかが今後のカギとなりそう。
しかし、長い名古屋での単身生活も終わり、これからはあちこちに出現する可能性大である。
見つけたら石、投げないで下さいね。

佐藤氏と、ドCHICAGO BLUES のバンドをやっていた高村氏も来てくれた。
なんだかんだで、ずっとベースを引き続けているらしい。
凄い!継続は力なり!!

早崎詩生氏も来てくれた。
相当な繁忙で、毎日が終電帰りらしい。
この日も、無理に早めに会社を上がってもらったが、参加は22時頃だった。
最近はローラーコースターの出勤率も悪いらしく、そう言えば吾妻光良さんのミニ・バッパーズ(?)にも登場しないよなあ。
彼とは近頃、年に数回顔を合わせるようになったが、たいてい葬式やお通夜の席上。そんな年代になっちゃたのね。。。


さて、高村氏に撮ってもらったこの写真。
おお!これにベースとドラムのリズム隊を加えれば “LINDY HOP” じゃないですか!

遥か四国の地で地団駄踏んで悔しがっている方の姿が目に浮かびます。
やはり、全員健在なうちに一発リユニオンしなきゃね。


そして、私が撮ったこの写真。

末期の “CASEY JONES BLUES BAND” ではないですか!
(末期ガンじゃないよ)

う~ん、当時の「B級ブルース業界」狭いなあ・・・。



久々の再会に満足していると、今度は岩手の阿部氏から上京の報が。
ハードスケジュールの中、昨日の6月23日、1時間ちょい時間を作ってもらい上野で一杯。
佐藤氏、高村氏も呼び、ちょっとした同窓会である。
それにしても佐藤さま、すごい記憶力で御座います。
何年の何月にどんなライブがあったか覚えてるって凄いよ。
しかも30年前の話。
(ちなみに昨日、一昨日のことは覚えてないらしい)

阿部氏と一緒のバンドをやっていたのは、意外とみんな知らない。
これは1979年位の話(1970年代っ!!)。
まだ、19とかハタチの頃だ。
う~ん、人に歴史あり!


上野駅で、いい歳のおっさん4名で記念撮影。
ちなみに撮影者は阿部さんの娘さんである。

4人で軽く飲んだが、一晩中でも語り尽くせるねえ。
次回は是非時間を多めにとって上京してちょーだい!

さて、阿部氏と分かれて、向かうは「14週年記念」の中野BRIGHTBROWN へ。
ああ、引っ張り出されて歌うハメに。

それにしても、古いオジサンたち3名は何となく隅っこでひっそりと。
若者(我々に比べて)たちのブルース熱に負けてしまいます。
たまたまテーブルが一緒になったお嬢さんは、どうみても20代前半と思われるものの、黒いORVILLEのレスポールでバリバリに弾いていらっしゃいました。

この後、佐藤・高村両氏もステージに引っ張られ、リハビリ不足の佐藤選手はかなり泣いていたものの、ブランクの割には意外に引けてるじゃん!
てなことで、こりゃ今日の再発見ステージでリハビリは加速するものと思われます。はい。



店主、す~さん交えて記念撮影。
彼も30年前の同窓生(?)。

でも14年も続けるなんて凄い。
しかもマイナーなブルース中心のライブハウスで。
頭が下がります。

無理言っていろんな企画を嫌な顔せずにOKしてくれて、いつもスンマセン。
迷惑ついでに近々リハビリライブでも企画させてもらおうかな。
宜しくお願い申し上げます!

いや、それにしても凄いことを考えついたもんだ。
中央線快速の全駅の店でライブ敢行。
しかも、高尾から順番。
もっと凄いのは、休みが1日もないこと。
昔の女子プロレスの興行も顔負け。
24日連続ライブというのは、相当な体力勝負である。
今回の企画は朝日新聞の東京版にも載ったほど。
話題性も充実である。

初めて町田謙介に会ったのはいつだったろう?
たぶん、複数のブルースバンドが出演するライブハウスで一緒になったのが最初だろう。
だから、間違いなく30年以上前の話だ。
その頃、彼は「ねずみ男」という芸名?を使っていた(何となくわかるよね?)。
彼の名前は「ぴあ」や「シティロード」といった情報誌で知っていたが、生ギター1本の弾き語りということで、おそらく中央線界隈の日本語で歌うフォークブルースみたいな胡散臭い輩であろうと想像していた。
が、違った。
ブッ飛んだ。

出だしにアカペラでゴスペル。
しかもサン・ハウス演るやつなんて、日本人じゃない。

LINDY HOP というバンドをやっていた時、セッションで彼を引っ張り出した。
町田謙介、エレキギター・デビューである。
恐ろしいことに、この時のビデオが残っている。
絶対に公開できない。
何しろ、この時は某A妻さんがサックスを吹くバンドが同時収録されていますので・・・。
ちなみに、この “A妻光良 & CHICKEN SINK” というバンドで私はギターを弾かされておりました。


おっと、話がそれた。
町田謙介の、この無謀なライブツアー、最終日前日の6月7日「神田公演」にお邪魔した。
勤務先、歩いて5分の “OnEdrop cafe”
ちょっとイカしたお店だった。
元々、自動車の修理工場だったというビルの1階を改装したらしく、天井が高い。
中も広々、ソファもゆったり。
昼間、ちょっとコーヒーを飲むのも良いかもしれない。

でも、こんな会社ばかりの場所にこんな店があったなんて、ちょっとした驚きだ。



当日は、まず第1部が “WADA MAMBO”
これは”カセット・コンロス”のワダマコトさんのシンプル編成バージョン。
噂には聞いていたが、いったいどんなチューニングなんだか・・・。
オープンチューニングではない。コードの押さえ方が尋常ではないし。
ギターもグヤトーンのジャパニーズ・ヴィンテージ、楽勝なネックではない。
(終演後、さわらせてもらったら意外に丸太ネックでもなかった)
とてもゆったりしつつも、こ気味の良いステージで楽しませていただいた。


町田謙介、登場である。
とても連続23日目とは思えない。
本人も良くもってると、自分で感心していた。
” Change is gonna come “での高音の伸びは、先日のBobby Womackの感激に近いものがあった。
でも、アンコール2曲目の”Fa-Fa-Fa-Fa-Fa”でかなり飛ばしすぎて、翌日の千秋楽に影響がなかったんだろか?
かなり声がいっちゃってたけど。

ちなみに隣にいる方の楽器、よく見てください。スティール・パンです。
こんな近くで見るのは初めて。これにも感動。


第2部は、ほぼセッションの様相。
今回のマラソンライブ、各店で色々なゲストと組んで演奏されたが、やはり町田謙介というミュージシャンとしての幅の広さ、奥の深さが生かされているに違いない。
同じ曲を演奏しても、いろんな引き出しがあるんだろうな。
さすがである。
さすが、町田謙介である。

やはり、翌日の最終日は、ちょっと喉にきていたらしいが、とにもかくにも完走おめでとう!
また呑みましょ!