カテゴリー「Everyday I have the Blues (日記の項)」への投稿

自宅のマイ・パソコンはアナログ→デジタル化専用機である。
ネットにも繋いでいない(アップデートしてないって言うのは、ちと不味いが)。

型としてはかなり古くAthlonのとても人には言えないCPUが載っている。まあメモリーやHDDを増設して普通にXPが動いているので問題はない。
で、バリバリのアナログ人間の私ではあるが、あるときカビが生えて使い物にならなくなったビデオテープを発見してから、このPCでデジタル化計画を進めてきた。
一応ラックにはベータ、VHS、8ミリビデオのデッキが重ねてあり、暇を見てはPCに取り込もうとしているのだが、なかなかに時間がかかり、進行状況もいまいちである。それでもそこそこのデータが溜まってくるのでDVDに落としたりするが、あっという間にHDDは満杯になる。それでHDDと外付け用のケースを買ってきて繋ぐのだが、DVD化するにあたりチャプターを入れたり技を使おうとするとまたも時間が足りなくなり、HDDの中味はまたも溢れそうになる。そうこうしているうちに、自作の外付けHDDは6台になってしまった。
しばらく、PC関係にお金をかけていなかったら、なんと500GBの外付HDDが1万円ちょいで売られているのを発見した。
最近はカセットテープなどもPCに取り込んだりしていたので、すぐさま購入した。

500GB!!
先週、会社のY氏から80GBのHDDを借りた。中味はマル秘映像満載。
実は、このために購入したと言ったほうが正解かもしれない。








去年の暮れにシャーウッド・ギター・ワークショップの太田さんに預けていたIBANEZのGB-10こと”ジョージ・ベンソン・モデル”。
やっと出来上がった。暇なときにお願いしますと言ってあったのだが随分時間がかかったので聞いてみると、ずいぶんと苦労されたらしい。

最初は劣化したピックガードを付け替えて、その裏に配線されているのが原因で音が出なくなったと思われるリアピックアップの修理だったのだが、予想以上に病は大きかったもよう。
さすがの太田さんも少々苦虫をつぶしたような口調で「いやぁ、今回は参りましたよ」。

モロモロになってしまったピックガード。素材がセルロイドらしく、これの腐敗による影響がアッセンブリー全体に及ぼされていたらしい。
当然、ポッド関係から、配線まで全交換。
どうもピックアップに近い箇所から緑青がふく度合いが高いと思ってはいたが、極端な話セルロイドの腐敗が毒ガスを吐き出し、周りに悪影響を与えていたということか。
はがれ気味だったバインディングも直してもらい、きれいになっていた。
「こいつはアイバニーズに出して、見せてやりたかったね」と言われるとおり、ブリッジの溝切りも不完全だったらしく、これも手直し。

なんだかんだで、予想以上の修理代に少々涙が。
でも太田さん曰く「いやぁ、この倍もらってもいいくらいだよ」。
たしかにハコもののギターの修理はたいへん。レスポールなんか裏蓋外せば楽勝だけど、セミアコ、フルアコはそうもいかない。

太田さん、大手術ご苦労様でした。

次回は20数年前に太田さんから購入したフラマス(Framus)のオーバーホールをお願いしようと思ったが、しばらくは資金が溜まるまでお預け。
ギターは弾かなきゃ駄目なんですね。
いい勉強になりました。
GB-10 リペア済み

ピンクの象@西荻窪高校〜大学時代と、阿佐ヶ谷、西荻窪はよく通いよく飲んだ。
久しく行っていないと当然街並みも変わり、よく行った飲み屋も消えていたりして淋しい。
久々に訪れてみた。
西荻窪で岡地曙裕氏と待ち合わせ。ちょっと早めに着いたので南口の小さなアーケードへ。
まだあった。ピンクの象。20数年前から間違いなくあった。
老朽化に伴い何度も上塗りを重ねたのか少々厚化粧の風情であり、更には電飾を体に巻き派手めな姿で吊るされていた。
東京オリンピック誘致に一役買っているようだ。

焼き鳥 よね田合流後、ここは安くて美味いぞと勧められ入った店は小さな焼き鳥や。
よね田」というお店。
狭いほうのカウンターへ座ってしまったヘビー級2名。
引き戸の入口を開け閉めするたびに椅子を引かなければならず、座り位置の選択に失敗。
ただ、本当に安くて美味い。
つくね、はつすじ、これは本日の大収穫。
いまどき焼き鳥80円〜という店も少なくなった。
そして酒も安い。
「京舞妓」一合280円也。
安酒のくせに、さっぱりしていてクイクイ入ってしまう。

うねり亭さて、軽く気持ちよくなってきたので小安田憲司氏に電話。
うたた寝していた小安田氏を起こし、阿佐ヶ谷で待ち合わせる。
行った店が沖縄料理の「うねり亭」。
噂は聞いていたが、初めて入る。
沖縄ファンの私ではあるが、なかなかこの手の店に入ることも少ない。
あぁ!久々のジーマーミ豆腐!
途中からベーシストの江口弘史氏も加わり盛り上がる。
そして帰宅する電車の時間も危うくなってきたところで解散。
本当はバレルハウスへ行こうと思っていたのだが、運悪くお休み。
残念だが、次回のお楽しみにとっておこう。

昨日の土曜(4/12)、久々のNG’sのリハーサルだった。というか、私とベースの大江氏は先月のリハをさぼって、浅草に青空たのし師匠のライブを見に行ってますので・・・。
ということは、3月1日のライブから1ヶ月以上のブランクがあったということ・・・・・。
ギターは帰宅してから夜中に弾いたりしているものの、問題は歌。

カラオケでも行けばまだいいのだろうが、仕事も忙しいのにカラオケどころじゃありません。
案の定、すっかり喉は閉まっている状況で、最後に「お、出てきたかな」と思ったら、あっという間に潰れた。

やはり、2週間に一度はスタジオ入りしないとね。
リハ終了後は、反省しつつもグイグイ呑み、すっかりよい気持ちになって帰り、そして翌日リハのサウンドを聞き、再びうなだれ猛省する。
この繰り返し。

う〜ん、「猿」並みになっている・・・・・。

Swing_Girls 昨夜(と言うか一昨日か)、遅くに帰宅してから、先日借りてきたDVDを見た。
スウィングガールズ」という数年前の映画だ。夜中に見始めたので、寝たのが3時前。本日は強力に眠い一日だった。 

うちの長女が中学に入ってなぜか「吹奏楽部」に入部した。
小学校のときはバレエ(踊るほうね)と漫画を描くのに熱中していたのに、なぜ?
間違っても、父親の音楽の血筋とは関係ないようだ。ただの気まぐれっぽい。

最初は、選択肢の中に「テニス部」もあったようだが、あんなきついクラブを選ばず良かったと思う。
私は、中学に入ってバスケット部に入ったが、真夏の蒸し風呂のような体育館での練習の辛さにさっさと諦めて辞めてしまった。そして、ギターを弾きレコードを聴く毎日に没頭していた。

妻はかなり粘り強いタイプだが、根性のなさそうなところは私譲りっぽいので体育会に入らないで良かったなと一安心している。
 

で、クラリネットを吹いている。なぜクラリネットかもわからない。これも、特に意味はなさそう。
最初の頃、「フォークソング部」に入るならギター教えてやるぞ、と言ったのだが、「え〜ギター重いからやだぁ」。
たぶん、軽いからクラリネットなんだな。。。。。 

どんな曲をやってるのかと思ったら、ベニー・グッドマンのメドレーだったりして、ちょっと嬉しかったりする。
それで、ベニー・グッドマンのDVDを買って見せてやったところ、全く興味がないようで、漫画雑誌を読みながら「あ〜はいはい、この曲やってますよ」くらいの反応である。
とても、ジャズに志が傾くなんてことはなさそうである。
たぶん、この「スウィング・ガールズ」見ても駄目なんだろうな。

まあ、彼女は彼女で好きな道にはまってくれれば良いでしょう。

そんな彼女が、ベニー・グッドマンのDVDで目が釘付けになった瞬間。
それは、なんと最後のところのジーン・クルーパーのドラミングであった。
「ねぇ、おとうさん、これ早回ししてるの?」

たしかにマッハの早さだ。

You need to a flashplayer enabled browser to view this YouTube video

ジーン・クルーパー、久々に見たなぁ。
そういえば、こんな「八の字まゆ毛」のドラマー、どっかにいたよな・・・・・。
あ・・・・岡地曙裕・・・・・・・。

9
4月

再び愚痴る

   Posted by: Masazumi Ito   in Everyday I have the Blues (日記の項)

実は、ばらしてしまうと、このブログはタイムスタンプの編集機能があるので、昨日までの「花見の思い出」三部作は土曜(3/5)にまとめて書いたものであった。
そりゃそうですよ、毎日帰りも遅いのに、こんなにちょくちょく更新するなんて至難の業。
でも、それではダイアリーの意味が全くないな、と思いつつも、それはそれ、これはこれ、ということで穏便に。

で、今回は昼休みのひと時に書いてますので、リアルタイム版でございます。

で、この二日間は何をしていたかというと、3月の収入やら経費やらを本社提出用にまとめるという、毎度月初の繁忙だったわけだが、それに加え4月からの上半期の予算作成依頼まできたので、まあ慌しくはあった。
ただ、4月からの大バカ人事もあり、すっかりやる気は失せているので、少しも焦ることなくダラダラとまとめている。
そもそも、4月からのウチの上司は、3月に定年となり今月から雇用延長で嘱託となったお方である。
60歳以上の再雇用については、役職はなくなるという規約があるはずだが、最近はわが社得意の勝手な理論で規則も約束もあったものではない。

その上司に個人的な恨みつらみはないが、予算作成は私の仕事ではないはずなので、締切りの昨日、しかも夜遅くに適当に作成したものをメールしておいた。
「今回は責任持てません」と記して。

春闘の団体交渉はこれからなのだが、付帯要求の中に「55歳以上昇給ストップの廃止」があった。
どうやら、これは組合員だけが対象ではないようだ。これでは、定年前の無能な管理職の給与アップに加え、そのバカもの達の退職金アップにも貢献してしまう。
たしかに組合員の高齢化も進んでいるものの、時代に逆行する改悪となってしまう。

四面楚歌。

やはりダイアリーとなると、つまらん愚痴ばかり。
すいません、お付き合いいただきまして。

すっかり会社員になった15年ほど前の花見の話。
以前から会社のみんなで「花見」に行きたいね、などと話はしていたのだが、3月末から4月の一週目までは準繁忙期でとても早あがりで桜見物などできる状態ではなかった。
しかし、その年は「よし!なんとか皆で協力し合い、今年こそはお花見決行だ!」と盛り上がった。

当時、私は田無(現西東京市)の営業所長だった。場所は当然「小金井公園」。
決行日は金曜の夜。これは間違いなく混むはずだ。
当日の昼、一番若い社員のO場くんに漫画本数冊と、ゲームボーイを手渡し、「いい場所を確保しろよ!」と場所取りを命じた。

仕事も順調に進み、夜7時頃には全員参加で初の花見が開催された。
最初は慣れない雰囲気に地味な宴会の開始だったが、次第に盛り上がり、野外で開放的なことも手伝ってか酒のピッチはどんどん上がっていく。
酒が切れてしまい、近所の酒屋に焼酎の一升瓶を買いに行かせるも、その一升は10分で空になる始末。

もうこうなると訳がわからない。
それまでの人生70年間、ほとんど酒を飲まなかったという業者のY和さんもへべれけに酔い、K子ちゃんは公衆便所に入ったまま出てこないので、外からがんがん壁を楽しそうに叩くやつら、アルバイトのS訪くんは私の4の字固めの犠牲になり泣き叫ぶ。阿鼻叫喚、ゲ〇の嵐。
泥酔して動けなくなったやつのために、家まで帰って車に乗ってくるやつ(彼も泥酔)まで現れ、一歩間違えばたいへんなことになっていたかもしれない。

眼鏡がなくなったやつ、財布をなくしたやつ、当然ゲームボーイは行方不明。
我ながらよく帰れたものだ。

前出のK子ちゃんは、自宅のトイレで吐きながらタオルを一緒に流して詰まらせ、数万円の修理代を支払ったという。

翌年、また小金井公園の花見は実施されたが、とても地味で寒い宴会に終始した。
そして私は国分寺の営業所へ転勤となり、その後二度と花見は行わなかった。

「命賭け、死ぬ気でのぞむ、小金井公園」
またまた、字余り・・・。