今日から3月、昼間はコートがいらないくらい。
でも、昨日は凄かったねえ。

朝、家を出た付近。

久々の大雪でござる。

足元がおっかない。。。

そういえば、この日は吾妻光良大先輩の「久しぶりの」誕生日でしたね。
14歳でしたっけ・・・?



夜、遅い時間に帰宅すると、ん?な、なんだ?

こ、これは・・・・。

4年前にもありました。

2008年2月8日のブログ。




中学生にもなって立派に雪だるまを作ろうという根性が感銘を受ける(笑)

これは、たい焼きであろうか?



ネコらしい。

ハートが飛び出してる。


アップでもう一枚。

facebook に、これらの写真上げたら、「いいね」の嵐。

負けたわ・・・完全に・・・(泪)



しまった・・・。

音楽ブログだった・・・・。

ネタがない・・・・。

困った時の youtube頼み。

最近、巷で大騒ぎ。

Sonny Boy Williamson と Robert Jr. Lockwood の古い映像。
1942年と1952年らしい。
もちろん音はない。

Sonny Boy は、1960年頃からヨーロッパへ数回渡欧しており映像は結構あるのだが、こんなに古いのはまずない。
おそらく当時、人気を博した “King Bisucuit Time”(Sonny Boy がDJやってたラジオ番組) の収録が関係しているのか?
それにしても、二人が若すぎ。

1942年って・・・・・ロバート・ジョンソンが死んでから、まだ4年しか経ってないんですよ。。。。。


半年ほど前に、 “come from Hawaii” というタイトルで書いたが、今度は Hong Kong である。

ワールドワイドな伊藤ブログ・・・・まぁ、言ってみたかっただけ・・・。

まずは、ちょうど1年前のお話を見て欲しい。

2011年2月8日のブログ。

はい、ちゃんと読みましたか?
読まなきゃ話が始まらないよー。


昨夜の話、1年ぶりのK藤さん(左)、そして・・・右にいるのが香港で私のブログを見ていたという奇特な方。
Umezuさんである。

お二人は10代後半の頃から一緒にロックバンドを始め、いつの間にかブルースにどっぷり浸かっていたという、まぁありがちな、いや、ありがちなマイノリティというか、まぁそういうこと。。。

しかし、元々ネットが取り持つ仲、とは言うもののこうやってリアルなお付き合いが出来るというのは良いものだ。
狭い世界、結局どっかで繋がっちゃうのだが(笑)


Umezuさんの来日、じゃねえや、日本出張に合わせて鳥和可でお会いしたので、店主若山氏も記念撮影に収まる。
Umezuさんは香港に渡って17年。あちらでバンドをやっていらっしゃる。
香港へ行かれる方、ご紹介しますよ。
そしてK藤さんは中野のBrightBrownにちょくちょく出没。
若山さんはもちろん鳥和可で弾きまくり。

ま、負けるもんか~!

こういう仲間の輪って最高ですね。

また呑みましょう!!

Louisiana Red が亡くなったそうだ。

実はあまり真面目に聴いたことがない。

晩年はドイツへ行っていた模様。

あれ?なにかのコンサートで来日しなかったっけ・・・気のせいか?
どちらにせよ、往年のブルースマンがまたひとり・・・・・・。

R.I.P.

そーだ!思い出した!!
「クジラを救え」ってコンサートにオデッタ(奥さん)と一緒に来たんだ!!
確かテレビにも出たよ(朝のワイドショーみたいな番組に)。

そうそう、1977年の「ローリング・ココナッツ・レビュー」でした。
 
(facebook掲載分より転載)


バディ・ガイ、来日決定のようです。
あくまでも、海の向こうの情報ですが。。。。。

7/28/12 Niigata, Japan Naeba Ski Resort (Fuji Rock Festival)
7/30/12 Tokyo, Japan O-East

まだまだ、ボビー・ウーマックの興奮も冷めないうちのこの話。

実は・・・・バディさん、けっこう来日してると思うのですが、見たのは1度だけ。
1975年3月の初来日。
第2回ブルース・フェスティバルです。



ちょうど高校入試が終わった頃からかな。
もちろん、中学生です(笑)
ま、ここで人生変わっちゃたのかな・・・。
ロックからの転向には、バディさんの生ステージは説得力ありすぎで・・・もう、その後はブラック三昧の人生。

ちょっと音がきれいにまとまり過ぎちゃってるんだけど、あの時のライブ盤です。

私はこのライブにも収録されてる”First time I met the blues” 聴いて、ブルースにハマりました。。。

という事で、来日を記念して映像2本紹介。



<その1>
かつて”Lightnin’ in a bottle” という映画で、ちょっとだけ映った映像の1曲分。
「バディ・ガイを見に来たジミヘン」(画像はボロボロです)
実際には、ジミヘンは共演者(対バン?)で、この後に演奏している映像も一瞬映るのだが。
が、ステージカブリつきでバディ・ガイを一生懸命見てる姿はレア。
バディも早々と弦が切れてるのに、弾くこと弾くこと。チューニングはエラいことになってるし・・・・。



<その2>
「アメリカのワイドショーに出るバディ・ガイ」
ちょっと長いですが、けっこう笑えます。
出だしなんて「世界の料理ショー」かと思っちゃったよ。


25
2月

Bobby Womack

   Posted by: Masazumi Ito in Blues after hours (ライブ後記の項)

2月23日の金曜日。行ってきましたビルボードTokyo。

Bobby Womack です。

ボォヴィー・ウーマックですっ!!



この前見たのが1987年9月。見事に25年前。
「この前」じゃないね。

今回は東京公演のみということで、チケットはC万円超の破格ながらも、あっという間に完売。
もたもたしていた私は買えず仕舞い。

ああ、初来日の時は4,500円だったのね。

が・・・・。
20日の月曜、突然に小安田憲司さんより、都合が悪くなったので代わりに行かないか?とのメールが。
わっはっはっは、もちろん行きまっせ!



当日、プロレス仲間(?)の八潮ちゃんと待ち合わせ、軽くビールをかっこみGO !
鼻水が止まらなかった彼女も、ボビーを見た後はすっかり全快!ってホンマですか?

さて、会場ロビーは大混雑。
ちょっと押しているようで、定刻を15分ほど過ぎた21時45分にスタート。

オープニングのインストはジョージ・ベンソンで有名な ”Breezin’”。
思わず笑ってしまいます。
だって、この曲の作者はボビーさんなんだもんね。


さて、1曲終わりボビーさん登場のテーマ。
だいぶ病気に苦しんでるとの噂。
お付きの人と一緒に、杖をついて登場。

が・・・・、真っ赤な上下に、真っ赤な帽子。
しかも・・・・歌いだしで、あの「ぎゃあ~~~~!!!」というシャウト!

ブッ飛んじゃいました。

まずはヒット作”Across the 110th street”が早くも登場。
Nobody wants you when you’re down and out ~ Harry hippie 
という具合に定番が連発!

バックは女性コーラス3人、管が3人、キーボードx2人、ギター、ベース、ドラムス、の11人編成。
ソロモン大王以来のフル編成。

やっぱりハイライトは、かつての恩師 Sam Cooke の ”A change is gonna come”。
これは涙ものです。
コーラスのうちの一人とデュエットするのだが、彼女はウーマック&ウーマックの娘さんとのこと。
と、と、と、言うことはだよ・・・・。
サム・クックの孫ってことじゃないの!!

そして、実の娘、ジーナリー・ウーマックも一瞬登場!!

探してますよ~、というチョイ恥ずかしい身振りは昔と変わらない”Lookin’ for a love” も、もちろん披露。

最後は Soul Stirrersの”Jesus be a fence around me”で締め。
必ずしも調子がいいとは思えないボビーだったが、1時間半ぶっ通しのステージに感謝。
最後は杖をぶん投げてましたし。。。

もう、あのシャウトが聴けただけでも、1万円は高くありませんでした。
まさに “Last Soul Man” でしたね。

あ、そうそう、フジテレビNEXT が、この前夜の第1部を収録、まだ何回か放映する予定です。

http://www.fujitv.co.jp/otn/b_hp/912200032.html

でもね・・・・有料番組でしょ。。。

で、youtubeに1曲だけアップされてました。
消えてしまう前にご覧くださいまし。

ビルボードさんも最近頑張りますね。
もうこうなったら、スペンサー・ウィギンス (Spencer Wiggins)でもどうですか?

 


<おまけ その1>

2012/02/24 Billboard Tokyo 2nd Stage

Breezin’
Across the 110th street
Nobody wants you when you’re down and out
Harry hippie
Daylight
I wish he didn’t trust me so much
That’s the way I feel about ‘cha
Woman’s gotta have it
Your welcome, stop on by
A change Is gonna come
I’m through trying to prove my love to you
If you think you’re lonely now
If you don’t want my love
Looking for a love
(No matter how high I get) I’ll still be looking up to you
Love has finally come at last
Jesus be a fence around me

ボビー・ウーマック/BOBBY WOMACK(Vocals)
リサ・フレージャー/LISA FRAZIER(Vocals)
リサ・コールター/LISA COULTER(Vocals)
ゼックチャグーラ・ゼッカリヤーズ/ZEKKUJCHAGULA ZEKKARIYAS(Background Vocals)
コーリ・ジェイコブス/CORI JACOBS(Keyboards)
サンドラ・マニング/SUNDRA MANNING(Keyboards)
チャールズ・グリーン/CHARLES GREEN(Saxophone)
ブライアン・マンツ/BRIAN MANTZ(Trumpet)
エルムエリト・ナヴァロ/Ermuelito Navarro(Trombone)
ウッドワード・アプラナルプ/WOODWARD APLANALP(Guitar)
エルバート・アレン・ジュニア/ELBERT ALLEN JR(Bass)
アーノルド・ラムゼイ/ARNOLD RAMSEY(Drums)

<おまけ その2>

パッツンパッツンのパンツ履いて一瞬登場した、ボビーの娘さん GinaRe Womack の映像。

昔々の話。
高校時代、受験勉強と無縁の生活をしていた私が、中央線沿線の某三流大学に滑り込んだのは1978年のことでした。
よし!大学に入ったら本格的にブルースバンドに入るんだ!と大きな夢に胸膨らませて入ったサークルは、ちょっと違ってました・・・。
体育会顔負けの脅威の上下関係、まあそれはいいとしてもサークル以外の人とバンドを組めない仕組みになっていたのが決定的な理由で1年で脱会しました。

で、その後2つの他大学のサークルに参加させてもらうことになります。
ひとつは、高校からの友人であるエロッピ大江氏が立ち上げた、日大法学部の”ミュージック&レジャー”(しかし、なんて安易なネーミング)。いちおう第1期生という名目なんで、酒宴の席では傍若無人。ずいぶんと後輩の皆さんを泣かせたような記憶があります・・・。

で、もうひとつが早大の”ロッククライミング”(うーん、このネーミングも安易すぎるわ)。
当時は吾妻光良さんや小出斉さん達がバリバリでしたし、VOWWOW参加前の人見元基さんもいらっしゃいました。
ここに、Highway49 というブルースバンドがあったわけですね。もう、吾妻さんたちの更なる先輩方のバンドです。

実は私はこのバンドを見ておりません。
だって・・・・・もう皆さん就職されてましたし。。。。

ただ、裕さんは良く会ったなぁ、というか裕さんは院も含めて8年間も学生生活を全うした勉強好き(?)だったんで、あの理工学部近辺にはよく出没してたわけですね。
その裕さんこと山本裕二郎さんが、単身赴任生活を無事終了し、還暦カウントダウンを祝う会?が毎度の「鳥和可」で開かれました。
Highway のギタリスト、塚田さんと菊地さんの主催です。


Highway49 Blues Band 残党の皆様。
左から、塚田さん・裕さん・菊地さん。

裕さんのスーツ姿というのは、かなりのレア画像です。
ネクタイの絵柄は「どらえもん」(大笑)

数年前の「居酒屋でサイコロステーキを喉に詰まらせて死にそうになった事件」というのを聞きましたが、この日の焼き鳥では犠牲者が出なくて良かったです。


上阪氏も参加。

山本総長の「こーさか! ”ナットロッカー”を弾け!!」の命に、涙目で対応する上阪氏。。。

このあと、店主若山氏が「ナイフ」ならぬ「出刃包丁」を持ってきましたが、そんなギャグに対応する余裕はなかったですねぇ。
(EL&Pネタですね)


最後は記念撮影。

いやぁ~、ピース世代ですねえ。

Highway49 Blues Band、ぜひリユニオンしてくださいまし。

先日の「プロレス新年会」で、アルコール浸りの生活にひと段落。
と、思ったら、翌日火曜日の夕方頃から風邪の兆候が。
まあ、あれだけ呑み歩いていたらしようがないよな、と自分では納得。


だが、翌水曜と木曜はかなり悲惨。
鼻水が止まらず、街頭や居酒屋で収集したポケットティッシュがあっという間に消費され、ついにはコンビニでティッシュを箱で購入、机の引き出しに忍ばせる状態に。

同僚に「熱はないの?」と聞かれるものの、測ってないから答えようがない。
多少、具合が悪くても熱は測らない。
何故かって?熱があると分かった瞬間に、すっかり気落ちしてしまうのである。
「知らぬが仏」ってやつだろうか?



ボーっとして、思考回路がかなり低下していたのは実感していたが、まぁ会社まで来れてるということは、熱があってもたいしたことはないだろう、と高をくくっていた。
木曜だったか、朝のラッシュで相当な汗をかき、それこそ目も開けられないほどの汗の量(別名:岡地状態)。
この時も同僚曰く、「熱出てれば寒いからね、汗なんてかかないよ」。

まぁ、なんやかんやで金曜になると、おっ!ちょっと良くなってきたかな?
てな感じで、前々から約束していた「鳥和可」での集いに参加。


真ん中の、H田さんはLEOさんの大学の同級生。
ソウルなんて全く知らなかったLEOさんをバンドに誘い込み、そこにいたのは、今は亡き故松井仁さんだったという話。
そして禁断の世界に入り込んでしまったLEOさんは、その後松井仁さんと作った”CHAPELS”というバンドで、”ウシャコダ”解散後の若山光一郎氏と組むことになるのである。
結構、人生の縮図的な写真でしょ?

しかし、繋がりがある仲間内で好きな音楽話で盛り上がれるなんて、こんな幸せなことは無いのですよ!



さて、翌日の土曜日のこと。
だいぶ調子も良くなってきたんで初めて熱を測ってみた。
おや?37度6分??
ありゃ、あるじゃん。。。。
100%インフルってことは無さそうだが、子供もいるし念のために近所の病院でも行ってみるかな。

「インフルエンザですね。A型ですね」

あ、そ、そ、そうっすか。。。。。

こ、これから、高熱が出るのかな。。。。。

「熱が下がってからも2日間は外に出ちゃダメですからね!」

へ、へい。。。。

まあ、季節外れの大型連休でも楽しむこととするか。。。。。
感染された方がいましたら、抗議のコメントお受けいたします。
が、慰謝料はありません。運が悪かったと諦めてください。

ところが、今日あたりから熱が下がり始めた。
あれ?
金曜から調子が良くなってきたというのは、回復の兆しだった?
インフルがピークの頃は、普通に通勤してたっつうこと?

と、いうことは・・・・・
ああ、大型連休がぁ。。。。。