カテゴリー「Blues’n Soul (ブルージーな仲間たちの項)」への投稿

先日の奉納プロレスで、酔っ払っていたので記憶がイマイチだが、確か玉井さん(だったと思う)から「湾岸音響スタジオ」が3月いっぱいで閉まるという話を聞いた。
このスタジオ、まあP-Vineのスタジオ、みたいなもんだから、ここ最近のP-Vineの動向からして、うん、まあそうか、などと一人勝手に納得してはみたものの・・・・。
あれ?そう言えばオレのツイン・リバーブって、あそこに置いてあるんだよなあ。

話、遡ること30年。
昔はライブハウスに出るには楽器だけじゃなく、アンプ類も自前だったんですよ。
ちょうど二十歳くらいの頃、Fenderのツイン・リバーブを購入した。
当時、使っていた荻窪のMistyというスタジオの東海林氏(「しょうじ」ではなく、「とうかいりん」と読む!!)のツテで新宿のELK、いやもうKEYになっていたか、で激安の16万で手に入れた。
ちょうど銀パネの後期の頃で、100Wではなく135Wの爆音バージョンである。

ちょうど20年前、自分の結婚式の二次会を吉祥寺の「のろ」でやるので持ち込んだのが最後だったような気がする。
その後、小出斉さんに貸して、しばらくは高円寺のJIROKICHIに置いてあった。
スピーカーが1発飛んだので、JBLを入れてたいへん重くなったという話を風の噂に聞いた。

それからだいぶ経ってから、「湾岸音響スタジオ」に移り、もう1発のスピーカーもJBLに換装され、もう誰も一人で持てる重さではなくなってしまった、との風の便りも聞いた。



ということで、今回のスタジオ閉鎖の報を聞き小出さんに尋ねてみると、「ええっ!それは知らなかった」と大騒ぎになったものの、スタジオの鷲津さんに連絡を入れてもらい、アンプ回収ということになったのである。
鷲津さん、25年くらいぶりにお会いした。あの頃はFM東京にいらして、たいへんC調な方として有名であった。
河内音頭の布教者?としても有名な方であります。

スタジオはこの倉庫の3階にあったものの、この日は機材は5階のものの見事な倉庫に並べられてあった。



すっかり年季の入ったツインさんと20年ぶりのご対面。
ちょっとお顔が黒くなったわねえ。

今回、私と小出さんのためにマイカーを出して、この重機を運んでくれた田辺のりゅうちゃん、誠にありがとうございました。
小出さんに、味噌ラーメン一杯で騙されちゃダメだよぉ。



そっと後ろにまわってみる。

おおおおおおっ!

見事にJBL入ってるよ。



で、こいつを自宅へ持って来ようかと思ったのだが、家で使うにはちとデカすぎる。
家族の冷たい目線に晒されるのは明白。さて・・・・と思ったところに、最近プライベート・スタジオを作ったという、私の仲間内では一番の出世頭であるT垣氏のことを思い出した。
「夜中でもマーシャル轟音可能です」という言葉を思い出し、それならツインの1台や2台、どおってことはなかろう。
と、勝手に思い込み、T垣スタジオに置く段取りをつけてしまったのである。

で、そこで真空管交換をする小出師匠の図。


このプライベート・スタジオも凄い。
土足で入っていいの?くらいな感じ。
近いうちに遊びに来てレポートしましょう。

で、T垣氏のバーニー・ケッセル・モデルで試奏する小出師匠。
このギター、後期のT-Boneも持ってたレアものである。


いやぁ、やっぱツインのリバーブはサイコーやね。
このギターとの相性もバッチシ。

あ、あれ?音がブチブチ言ってるよ。
ああ、真空管の接触だったのね。

あ、あれ?フットスイッチ無くなってるよ?
トレモロだめじゃん。

とは、言いつつも無事に引越し終了でメデタシメデタシ。

ちょいと遅いご報告ですが、去年に続いて今年も「奉納プロレス」に行ってまいりました。
先日、3月25日の日曜です。

まだまだ寒い中、桜が2本だけ咲いておりました。

そう言えば去年は、まだ震災の半月後だったんですよねえ。
(去年のブログ)

13時開始。

さっそうと酒やツマミをもって集まるいい歳の大人たち。

12人分の場所取りをしてくれた、ヨシエちゃん、ヤシオちゃん、ありがとう。

夜にライブを控えながらも参戦した岡地さん、玉井さん、KOTETZさん、たいしたもんです。



そんなにでかく書かなくてもわかるよね。

曙選手もだいぶプロレスラーらしくなりましたよね。



トイレ前での場外乱闘。

広い屋外なので、ファンサービスの場外戦は広範囲に渡ります。



この日のベストショット!は KAMIKAZEのアニキ。

トイレの上からのラ・ケブラーダ。

高さ3メートルはあると思われます。

しかも、下はコンクリート。


メインは橋本大地選手が大谷晋二郎選手に臨むシングルマッチ。
いかんせん、この頃はだいぶ酔いがまわって、試合内容がいまひとつ記憶に・・・・・。

終了後、一行は九段下の「○くら水産」へ。昨年と同じ。

そこで再びホッピーを。


気づくと、荻窪のROOSTERに。
八潮姐さんに引っ張られてきたもよう。
この日のライブは先ほどまで会場で一緒だった岡地曙裕さんも出演する”BluesTime”。
でも、藤井さんの影で見えません。。。。。

他のメンツは藤井康一さん、石川二三夫さん、恵福浩司さん、

あ、そういえば去年の今頃にも見に来ましたっけ。

2011年4月17日のブログ



そして、この日も会場をくまなく徘徊する小出斉先生。

ちなみに私は、昼間の深酒が祟り、最後は撃沈。
でも、岡地さんにご馳走になったトマチューで復活!
結局、ほぼ12時間呑み通しという状況でありました。

が、翌日は月曜日。出勤・・・。
ボロボロ・・・・。

「日曜は深酒するな」今後肝に銘じます。

半年ほど前に、 “come from Hawaii” というタイトルで書いたが、今度は Hong Kong である。

ワールドワイドな伊藤ブログ・・・・まぁ、言ってみたかっただけ・・・。

まずは、ちょうど1年前のお話を見て欲しい。

2011年2月8日のブログ。

はい、ちゃんと読みましたか?
読まなきゃ話が始まらないよー。


昨夜の話、1年ぶりのK藤さん(左)、そして・・・右にいるのが香港で私のブログを見ていたという奇特な方。
Umezuさんである。

お二人は10代後半の頃から一緒にロックバンドを始め、いつの間にかブルースにどっぷり浸かっていたという、まぁありがちな、いや、ありがちなマイノリティというか、まぁそういうこと。。。

しかし、元々ネットが取り持つ仲、とは言うもののこうやってリアルなお付き合いが出来るというのは良いものだ。
狭い世界、結局どっかで繋がっちゃうのだが(笑)


Umezuさんの来日、じゃねえや、日本出張に合わせて鳥和可でお会いしたので、店主若山氏も記念撮影に収まる。
Umezuさんは香港に渡って17年。あちらでバンドをやっていらっしゃる。
香港へ行かれる方、ご紹介しますよ。
そしてK藤さんは中野のBrightBrownにちょくちょく出没。
若山さんはもちろん鳥和可で弾きまくり。

ま、負けるもんか~!

こういう仲間の輪って最高ですね。

また呑みましょう!!

昔々の話。
高校時代、受験勉強と無縁の生活をしていた私が、中央線沿線の某三流大学に滑り込んだのは1978年のことでした。
よし!大学に入ったら本格的にブルースバンドに入るんだ!と大きな夢に胸膨らませて入ったサークルは、ちょっと違ってました・・・。
体育会顔負けの脅威の上下関係、まあそれはいいとしてもサークル以外の人とバンドを組めない仕組みになっていたのが決定的な理由で1年で脱会しました。

で、その後2つの他大学のサークルに参加させてもらうことになります。
ひとつは、高校からの友人であるエロッピ大江氏が立ち上げた、日大法学部の”ミュージック&レジャー”(しかし、なんて安易なネーミング)。いちおう第1期生という名目なんで、酒宴の席では傍若無人。ずいぶんと後輩の皆さんを泣かせたような記憶があります・・・。

で、もうひとつが早大の”ロッククライミング”(うーん、このネーミングも安易すぎるわ)。
当時は吾妻光良さんや小出斉さん達がバリバリでしたし、VOWWOW参加前の人見元基さんもいらっしゃいました。
ここに、Highway49 というブルースバンドがあったわけですね。もう、吾妻さんたちの更なる先輩方のバンドです。

実は私はこのバンドを見ておりません。
だって・・・・・もう皆さん就職されてましたし。。。。

ただ、裕さんは良く会ったなぁ、というか裕さんは院も含めて8年間も学生生活を全うした勉強好き(?)だったんで、あの理工学部近辺にはよく出没してたわけですね。
その裕さんこと山本裕二郎さんが、単身赴任生活を無事終了し、還暦カウントダウンを祝う会?が毎度の「鳥和可」で開かれました。
Highway のギタリスト、塚田さんと菊地さんの主催です。


Highway49 Blues Band 残党の皆様。
左から、塚田さん・裕さん・菊地さん。

裕さんのスーツ姿というのは、かなりのレア画像です。
ネクタイの絵柄は「どらえもん」(大笑)

数年前の「居酒屋でサイコロステーキを喉に詰まらせて死にそうになった事件」というのを聞きましたが、この日の焼き鳥では犠牲者が出なくて良かったです。


上阪氏も参加。

山本総長の「こーさか! ”ナットロッカー”を弾け!!」の命に、涙目で対応する上阪氏。。。

このあと、店主若山氏が「ナイフ」ならぬ「出刃包丁」を持ってきましたが、そんなギャグに対応する余裕はなかったですねぇ。
(EL&Pネタですね)


最後は記念撮影。

いやぁ~、ピース世代ですねえ。

Highway49 Blues Band、ぜひリユニオンしてくださいまし。

先日の「プロレス新年会」で、アルコール浸りの生活にひと段落。
と、思ったら、翌日火曜日の夕方頃から風邪の兆候が。
まあ、あれだけ呑み歩いていたらしようがないよな、と自分では納得。


だが、翌水曜と木曜はかなり悲惨。
鼻水が止まらず、街頭や居酒屋で収集したポケットティッシュがあっという間に消費され、ついにはコンビニでティッシュを箱で購入、机の引き出しに忍ばせる状態に。

同僚に「熱はないの?」と聞かれるものの、測ってないから答えようがない。
多少、具合が悪くても熱は測らない。
何故かって?熱があると分かった瞬間に、すっかり気落ちしてしまうのである。
「知らぬが仏」ってやつだろうか?



ボーっとして、思考回路がかなり低下していたのは実感していたが、まぁ会社まで来れてるということは、熱があってもたいしたことはないだろう、と高をくくっていた。
木曜だったか、朝のラッシュで相当な汗をかき、それこそ目も開けられないほどの汗の量(別名:岡地状態)。
この時も同僚曰く、「熱出てれば寒いからね、汗なんてかかないよ」。

まぁ、なんやかんやで金曜になると、おっ!ちょっと良くなってきたかな?
てな感じで、前々から約束していた「鳥和可」での集いに参加。


真ん中の、H田さんはLEOさんの大学の同級生。
ソウルなんて全く知らなかったLEOさんをバンドに誘い込み、そこにいたのは、今は亡き故松井仁さんだったという話。
そして禁断の世界に入り込んでしまったLEOさんは、その後松井仁さんと作った”CHAPELS”というバンドで、”ウシャコダ”解散後の若山光一郎氏と組むことになるのである。
結構、人生の縮図的な写真でしょ?

しかし、繋がりがある仲間内で好きな音楽話で盛り上がれるなんて、こんな幸せなことは無いのですよ!



さて、翌日の土曜日のこと。
だいぶ調子も良くなってきたんで初めて熱を測ってみた。
おや?37度6分??
ありゃ、あるじゃん。。。。
100%インフルってことは無さそうだが、子供もいるし念のために近所の病院でも行ってみるかな。

「インフルエンザですね。A型ですね」

あ、そ、そ、そうっすか。。。。。

こ、これから、高熱が出るのかな。。。。。

「熱が下がってからも2日間は外に出ちゃダメですからね!」

へ、へい。。。。

まあ、季節外れの大型連休でも楽しむこととするか。。。。。
感染された方がいましたら、抗議のコメントお受けいたします。
が、慰謝料はありません。運が悪かったと諦めてください。

ところが、今日あたりから熱が下がり始めた。
あれ?
金曜から調子が良くなってきたというのは、回復の兆しだった?
インフルがピークの頃は、普通に通勤してたっつうこと?

と、いうことは・・・・・
ああ、大型連休がぁ。。。。。

先週の月曜から呑みっぱなし。
そのフィナーレを飾るのは、今週月曜に開催された「プロレス新年会」。
いっつもの、ザ・グレート・カブキさんの店でござる。

昨年末のこと、あの泣く子も黙る「不沈艦」スタン・ハンセンさんがこの店にいらっしゃったそう。
「カブキは料理がうまい!」と褒めていたそうだが、その日に土産としてサイン入りのテンガロンハットを置いて行ったそうだ。

もう~!被っちゃいますよね。
い、意外に頭のサイズが小さい。。。。
い、いや、オレたちの頭がでかい?

玉井まさじさん。

なかなか似合う。

でも、ちょっとシャイなロングホーン。

アメリカの片田舎で、半分隠居しながらアコーディオンを弾くおじさん風情。

バンドのホームページ、出来ました。

LE EAUDEMUGE


岡地曙裕さん。

う~ん、これも「ボ・ガンボス」って感じではないなぁ。
どっちかっていうと、ドリー・ファンク・シニアか?
ジュニアじゃないよ。

前日の昼間は、墓参り~中野ブライトブラウン で一緒でしたが、
その日の夜はライブ。更に店で朝の5時まで呑んでいたという・・・・・。

ウエスタンラリアートに勝るとも劣らない体力!

鈴木八潮ちゃん。

その、朝5時まで付き合ってた人。

24時過ぎたら、気づくと朝まで呑み続けます。

勝てません・・・・・。

ビル・ロビンソンの愛人になり損ねた女、でもあります(楽屋落ち)。

橋本芳江ちゃん。

まさにストロングスタイル。

体の98%がプロレスで出来ています。
白米ファンでもあります。

その気合いの入り方は、アニマル浜口さんを超えているような気がします。

なんだか、「帽子をかぶる会」になってしまいましたね。。。。。


いちおう私の写真も・・・・。

玉井さんにシャッターを押してもらいましたが、バックの構図にも気を使ってくれて、なかなかの出来。

意外に繊細?


鍋を二種類注文。もう、腹いっぱいです。
カブキさんがやってきて、自ら〆の雑炊をよそってくれます。

この日も裏話多数。
レッスルマニアでの、ホーガンVSアンドレの裏話。
若手時代の苦労話。

が、何といっても抱腹絶倒だったのは。。。。。
ジャイアント馬場さんの・・・・バケツ・・・・・ポリデント・・・・・。
す、すいません、言えませんっ!
飯田橋のお店へ行って、ご本人に聞いて下さいっ!!!


1月29日の日曜日。
本年も、天才ドラマー故田村光太郎氏の「墓参り兼メモリアルセッション」に参加させていただきました。
昨年1月16日のブログもご参照ください。

西武多摩川線の多磨駅。

なにやら、怪しげなオジサンたちがワサワサと集まってくる図。


「伊藤!生えてきてさぁ!いや、ホントこんなに生えてきて、わっはっはっはっは!!!」

確かにちょっと増えているかも。。。

あまりに嬉しそうなんで、ついついシャッターを押してしまいましたが、ちょっと反省しつつモザイクを施してみました。

毛穴鮮明オリジナル画像は1枚1,000円にてお分け致します。


今日はこれがメインなんです。
本当は。

決して、ホームレスの決起集会とかではありませんから。


午後になって昨年同様に、中野”BRIGHTBROWN” にてセッション大会。
店主SUE~さんのご厚意の上に成り立っております。
なかなか、ふつうは見られない組み合わせ。
吾妻光良さん、人見元基さん、岡地曙裕さん、井上大地クン、太田JIROさん、ROY上阪さん。
柱の陰には瀬尾さんもいたのね。。。。


これは、ロバート・プラント&ジミー・ペイジを意識したのか?

岡地さん、ブラシで ROCK’N ROLL (by Zeppelin)は、素晴らしかったです。
よくぞ、そこまで叩けるものだ!(驚愕!)

山室俊介さんは私にとって雲の上の方です。

まさか、このような席でご一緒させていただけるなんて。。。。。
感激でございました。

あ、この写真、山室さんのページから盗んできたものです。
あとで詫び入れとかなきゃ・・・・。

後半に歌わせてもらった “Kansas City” 、山室さんからお褒めの言葉をいただき感無量。
ギターソロを取らなかったのが勝因だったかもしれません(涙)



元VOWWOWの人見元基さんと30年ぶりくらいにお会いしました。
早大ロッククライミングの合宿で、「河口湖の二大酔っぱらい男」と称されたのはいつのことでしょう?

この逸話をご記憶の方、お願いですから封印して下さい。


最後の方は、ずっと吾妻夫人りえさんと呑んでましたが、
昔から静かに静かに強力な毒を吐く人でもございます。

「ピアノ弾いちゃうのがいけないのよね」
「そ、そ、そうですよね」
「この笑いがいけないのよね」
「そ、そ、そうですよね」
「なんでバッパーズ以外は集客できないのかしらねぇ」
「そ、そ、そうですか・・・」

もう、やめときましょ。


更に追い打ちをかけます。
「この腕まくりのセンスがねぇ。ここまであげちゃう人いる?」
「こ、これは、まくりすぎですよね、は、はい。。。。」

思わず撮ってしまいましたが、ご本人、なんで腕を撮られているか判らなかったと思います。


なんの余興だと思いますか?
ジャングルビートの振り付け教室でございます。

前作のブログ、ジョニー・オーティスのyoutube画像をご覧くださいまし。

骨折してたはずの湯川さん、元気です。
気付くと、必ず前のボタンが全開になっている方です。

国分友里恵さんも30年ぶりくらいにお会いしました。
感激です。



お店のご厚意で、6時間にも及ぶ大宴会終了。

湯川さん、杖を振り回して骨折の微塵も感じさせません。

酔っぱらいは怖ろしいです。


P.S.
上下関係は厳しいので、ブログアップ前に吾妻さんに検閲していただきました。
「鮮明無修正写真が¥1,000とは安すぎる!¥5,000にしろ!」

申し訳ございません。