カテゴリー「Guitar in my hands (楽器・バンドの項)」への投稿

私、Fender のDuo Sonic Ⅱ、1965年製、と言うのを持っております。
借り物と言えば借り物、預かりものと言えば預かりものなのですが。。。
私のギターコレクションのページに書いてありますが、友人の遺品であります。
当初、譲り受けた時にはなかなかの年季もの、というかかなり弾き倒された後で(笑)、必然的にフレット摺合せに出さざるを得なかったのですが、ここに来てある事情でオーバーホールすることとなりました。
年代物なのでシャーウッドギターワークショップの太田さんがご健在の時にお願いすれば良かったな、等と思うも後の祭り。
太田さん亡きあとに数回お願いしている東久留米の T-style の豊嶋さんにお願いすることになりました。
メインはフレットの打ち直しです。
そう、これ以上擦り合わせるとフレットが無くなっちゃいます(汗)
セットネックでは無いので、打ち直しの割にはお安い値段でやって頂けました。
そして古いものなのでポッドもチェック。
こちらは洗浄でok!

お店のホームページにリペアの進捗具合が載ってました。
あ、1年くらいすると消えちゃうみたいだな。
豊嶋さんに無断で、転載!(大汗)
す、すみません。。。
本当のページはこちらです ⇒ 2024リペア進行状況2月

そして、盗んできたのが下記です。。。




2024/2/13 F/USA Duo Sonic Ⅱ(リフレット)

 始まりました~。




フレットの溝が狭い・・・0.53mmのノコギリが入らない・・・まあ地道に広げていきますか・・・。


2024/2/17 F/USA Duo Sonic Ⅱ(リフレット 続き)

 

 あとナットで終わりなのですが、色々と忙しくて完了までいけませんでした・・・




2024/2/23 F/USA Duo Sonic Ⅱ(リフレット 完了)

 完了しました。いい感じですね~。

 



このネックの指板はラウンド貼りのハカランダ指板なのもあり、強度は高いです。その分リフレットで逆反りにならないように気を付ける必要がありました。フレットの溝が狭かったので、なおさら逆反りになってしまわないようにフレットの溝を広げる必要がありましたね。

フレットのスタッドを削るという方法もあるのですが、フレットが浮いてしまう可能性が高くなるので、僕はあまりやらない方法です。スタッドを削った方が楽なんですけどね^-^




指板形状:1FでR7.25inchの円錐(最終フレット約R9inch)フレットサイズ:Jescar FW43080-NS ナット:牛骨ワックス



【追記】

そして、3月3日に下北沢でカムバックしたデュオソニックⅡくん(59歳)と私(64歳)の写真がこれだ!!!


6月早々悲しいお報せを聞いた。
もう30年以上も前からギターのリペアをお願いしていた シャーウッド・ギターワークショップの太田信之さんが亡くなられた。
5月25日のことだったそうだ。
まだ70歳になったばかり。
その日の朝に容態が急変、救急車で運ばれるも二度と工房に帰ることは出来なかった。

数年前から、癌の治療で入退院を繰り返していたのだが、伺うと元気そうに長々といろんなお話をしてくれた。
「親父も癌でさあ。でも余命半年と言われてから5年以上生きたからね。あっはっは!」
「それじゃ、太田さんは100歳まで生きますよ!」
なんて会話をしたばかりだった。

4月10日に1935年製のGIBSON L10を見事に復活させてくれたのを頂いたのが最後になってしまった。

2016年4月11日のブログ




土日(6月4,5日)に位牌を工房に置いて奥様が来てくれるという話を聞いたので、土曜の昼間に伺った。
1階には、あの黄色い看板が無くなっていた。
階段を上がると、お線香の香りと。

そして位牌が。
思わず「嗚呼、本当だったんだ」と唸ってしまった。

戒名に「弦匠」の二文字が入っている。
そうだよね。
そうなんだよね。
メーカーがギブアップした楽器は太田さんの工房に送られてくる。
どんな難しい修理も改造も難なくこなした。
ネックの厚盛りなんて、大得意。


奥様と先に来ていたOさんと1時間くらいお話しさせて頂いた。
いかにも太田さんらしい武勇伝多々あり。
そういえば、田無のご実家の庭のプレハブでやっていた頃は(30年以上前、初めて伺った頃)、修理に出しに行ったんだか、知り合いの家に呑みに行ったんだか分からない感じだったな。
ボブス・フィッシュマーケットの敦賀隆さんが「俺なんか客なのに、焼肉奢らされたよ」なんて言ってたっけ。
最近も奥様に隠れてチビチビ呑んでたみたいだ。
子供みたい(笑)
というか、古いギター持っていくと「うわー!こりゃいいや!」と、ギター全体を舐めまわすように見て、触って、本当に子供みたいに嬉しそうにしてたっけ。
ギター、大好きだったんだよな。

そして最後に工房の仕事場を見せてもらった。
凄い量の道具が。
消耗品も、例えばバラ弦なんて楽器屋より量、種類とも豊富!
写真も何枚か撮らせて貰ったが、「散らかってるから恥ずかしい」と言う奥様の言葉もあり、申し訳ないがブログアップは無し。




最後に良く太田さんが自慢していた、安物のボロボロのガットギター。

絶妙な響き具合。ネックは異様に太いのに、怖ろしいくらいに弾きやすい!

ギターはブランドだけじゃないってことを教えて貰いました。

奥様が「あと5年くらいはやらせてあげたかった」という言葉にしみじみとしてしまったが、いまごろ雲の上でチビチビやりながら、ポローンとギター弾いてるような気がする。

太田さん、長いあいだありがとうございました。
そして、お疲れ様でした。

(愛すべき匠の記憶が後世まで残るよう、ブログアップさせて頂きました)


2月11日のこと、親父の墓参りのついでに、久々「シャーウッド・ギターワークショップ」へ行ってきました。
初めて徒歩で(笑)
このギターリペア工房は、以前にも書いているので下記ご参照ください。

2007年10月15日のブログ

2007年12月9日のブログ

2008年4月20日のブログ

前回は3年ほど前にお邪魔して、335のフロントピックアップの修理でした。
若気の至りで、ディマジオのスーパーディストーションを搭載したやつです。
結果、コイル切れが判明。
しかし、あ~、これ中古で良ければあるよ~!
てなことで、あっという間に修理完了、今まで以上にパワーアップした次第です。

店主の太田信之さん、リペアの腕もさることながら、人柄も素晴らしいのでファンがたくさんいます。
5年ほど前から病で数回入院、何度も再発してもその都度復活し、病院の先生から学会に発表したいくらいだと言われたそう(笑)
今回、久々に伺うと、ちょっと頭髪に影響が見られますが、元気にしゃべり倒しますっ!

実は数か月前に、ボブズ・フィッシュ・マーケットの敦賀隆さんと話していたら「太田さんのとこにギター出してるんだね!」。
たぶん、私のブログ見たのかな?
元夕焼け楽団のケニー井上さん(井上憲一さん)とも昔の田無の工房に行ったとのこと。
「リペアに出しに行って、焼肉奢らされたよ(笑)」という裏話も!

先日もケニーさんと太田さんの工房の話で盛り上がり、調整に出したいギターもあったので久々に伺うことに。




小平霊園の脇道から新青梅街道を渡り、あたりはすごい森の中。
でも意外に小平駅から30分弱で到着。

暗くなったら行きたくないな・・・(-_-;)




病気の具合が心配だったので事前に電話しておいたら、元気そうで良かった。

この黄色い看板も元気!



先客の若いベーシストの方に撮って頂きました。ありがとうございます。
えっ!?「また来週から入院するんだよね~」
でも、太田さんなら絶対100歳まで生きるような気がします。
鉄人リペアマンです!




しばらく鳥和可に置かせてもらっていた(笑)このギターは、中学1年の時以来のアコースティックギター。
というか、ピックギターって言うんでしょうか?

ヘッドが写ってませんが、昔の筆記体ロゴのGIBSON。
いろいろ調べたところ、おそらく1935年製の GIBSON L-10 のもようです。
1、3弦の開放弦がビビるのと、全体調整、あと付属の訳のわからないテスコの後付ピックアップも持参。

太田さん、古いギター見ると子供のように喜びます。
もう職人中の職人ですね。

1時間くらいお邪魔して「ゆっくりでいいですからね」と出たのですが、3日後には電話がかかってきて「直りましたよ!」。
テスコのピックアップの音が気に入るかどうか確認してもらってから終了にしたいとのこと。
この日はちょっと時間的に行けなかったので、退院後に伺うことになりました。



電話をもらってから1か月以上経ってしまいましたが、やっと都合がつき再訪問です。
例のテスコの後付ピックアップが取り付けてあります。
しかも、すごい微妙な調整がされています。
これは、まずブリッヂ部分とテールピース部分に固定して、鉄の棒に通っているピックアップ本体を弦の下に這わせてあるのです。
ピックアップは上下に動きます。
鉄の棒はブリッヂからの角度をきちんと調整しないと弦に触れてしまいます。
が、さすが太田さんです。
希望通りに弦高も下げてもらったのでピックアップの高さ調整もたいへんだと思うのですが、匠の技で問題無し!

ジャックがミニジャックなので変換プラグが必要ですが、さすがに古い機材なので毎回抜き差しするのが怖い。
ということで、ミニジャックは残しつつ別のバイパスを引っ張ってもらいFホールからギターのボディの中へ配線する方法を。
これで普通のエレキギターのように、ボディのサイドに標準のジャックを付けて貰います。




さて、これがGIBSONのスクリプトロゴというやつ。
どうやら、1947年以前の固体は、このロゴらしいです。
実は恥ずかしながら私も最近まで、あのお馴染みのゴシック体のロゴしか知りませんでした。
ということで、たいていの方はこのヘッドを見せると「どこのメーカーですか?」と尋ねられます。
最近はリイシューものでこの筆記体ロゴも出てますので、ちょっとはポピュラーになりましたが。
でも昭和10年製ですからね~(笑)
弦のビビりも直ってるし、弦高もバッチリ弾きやすい。
懸念されていたアンプを通した音色も、これが意外にしっかりしてる!
十分使えます!
ただ、ピエゾじゃないのでアンプ使うならエレキ弦の方が音量は出るよ!とのアドバイスを頂きました。
いっつも勉強になります。というか自分が無知なんですが・・・

あとは配線とピックガードの加工で完成です!




そして一週間後の4月10日、「出来たよ~」と電話が。
すばらしい!
ピックガードも加工され(これでピックアップも固定されました!)、アンプにも安心してシールドを繋げますし。
見た目、ちょっとダサい感じもします?
いや、これで良いのですよ!
外見を昔風情のままでピエゾを入れるのも手でしたが、敢えて改造ギターっぽい感じがナイス。
しかも今風の改造ではなく、50年前の改造っぽいでしょ。
ボディが17インチなので生でも音鳴りはバツグン。

さて、5月あたりにデビューしようかな。
むふふふふ。。。。

そして、どんな難しいリペアもこなしてしまう太田さん!
まだまだギタリストたちは太田さんの腕に期待してますので、今後とも宜しくお願いしますっ!




※6月1日追記
この後、太田さんは5月25日に容態が急変し、ギターの神様に召されてしまいました。
長い間お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。



本当に久々ですが、2月はライブがありませんでした。
3月に向けての充電月間というところでしょうか。
最近は疲れが抜けないですしねぇ・・・(-_-;)


2月1日~7日
何もありません・・・
風邪で絶不調でした。
先月末に次女がインフルエンザにかかり、うわっ!やられたかっ!と思ったのですが、熱はおそらく微熱程度。
(測って熱があると、途端に元気がなくなるので基本的に測りません。。。)
毎日早めに帰宅して、家で呑む酒が旨くありません・・・。
従いまして、たいした写真もございません・・・。



2月11日

この日は父親の命日であります。
小平霊園の先に昔からお世話になっている「シャーウッド・ギターワークショップ」があります。
けっこう森の中なんですが、今回はじめて徒歩にて伺いました(笑)




8年前のブログは下記から。
2007年12月9日のブログ
2008年4月20日のブログ
2007年10月15日のブログ
元々、30年以上前にまだ田無のご自宅庭に作業場があった頃に伺ったのが最初。
335は2回出してるし、Rivieraのフレット交換やピックアップ交換等、箱モノの信頼度は絶大です。
この項は久々に単独ブログ書く予定です(笑)



2月13日
毎年恒例の田村光太郎さんの墓参り兼セッションです。
毎年1月ですが、今年はちょっとずれて2月開催で気候もやや温暖。
基本的に A布高校の同窓の方がメインですので、写真はややぼかし気味に・・・
(が、直接の知り合いはノーモザイクっす)




そして恒例の中野ブライトブラウン貸切の会。
無礼講セッションが続きます。
若手の部類に属する(笑)わたしはトップバッター。
最若手の井上大地くんとの2トップ。
小町さん、”E-cHANG”池間さん、上阪さん、というありがちな布陣。

(Photo by 田辺龍ちゃん)



そして後半は怪物セットに駆り出されました・・・

(Photo by 田辺龍ちゃん)



嗚呼、早く2軒目の香港亭へ行きたいよう~

(Photo by 田辺龍ちゃん)



二次会も19時には終了、中央線に乗って阿佐ヶ谷へ帰るA妻さん。
が、そんなに甘くはありません。
私とK町氏、K阪氏、I上D地氏、用もないのに阿佐ヶ谷下車(笑)
「お、おれはもう帰るんだ~」と叫ぶA妻氏を無視するかのように
「さ、呑み行きましょ、行きましょ」
「お~っ!これは呑みのパワハラじゃないか~!!」
で、まぁ呑んじゃう訳ですね(笑)
翌日、たいへんな二日酔いに悩まされたという話を後日聞かされました。。。




K町氏&K阪氏、阿佐ヶ谷下車で呑みに行ったものの、ほとんど口をつけずに突っ伏してしまいました。

K町氏はその前の香港亭でも既に前兆が見受けられておりましたが、その証拠写真です。




2月19日
3月5日のライブのために、パーカッションをオークションで落札しました(100円也)。
おそらく1930~40年代くらいのヴィンテージです!
しかしながら、でかくて重いのと玉の滑りが悪く、爪が破損しそうなので、残念ながら今回は昨年購入した小さ目のもので乗り切る決心をした次第。
あ、このパーカッションですが、計算も出来るらしいです(笑)




2月20日
そのDEW DROPPERS のスタジオリハでした。
終了後、岡地さんはJIROKICHIのライブに出演。
吾妻光良さん還暦手前の記念ライブであります。
我々もリハが始まる前のJIROKICHIへ行って、ちとご挨拶するもその後は高円寺の居酒屋へ。
ライブが終わった頃にまたJIROKICHIへ呑みに行くという、友達がいの全くない酷い奴らであります。




2月21日
こんどはおふくろの墓参りで、またも小平霊園へ。

またしても、遠回りの帰宅。
吸い寄せられるように、所沢の「百味」にて軽く一杯でございます。
ウーロンハイ、¥220の魅力に勝てず。。。


2月27日
三鷹バイユーゲートの10周年記念コンサート観戦。
隣の焼肉屋のもらい火で半壊状態から、ついに復帰!めでたしめでたし&再出発の門出です。
会場は吉祥寺のCLUB SEATA。
いつも北口いせやで呑みながら、むかいのハコは何なんだろう?と思ってた場所でした。
そして、閉演後なんとなくズルズルと参加してしまった打ち上げ会場の写真です。
ちなみに隣にいる岡地曙裕さんは、このあと中野の漫画喫茶へ向かいましたとさ。
ちなみにその隣にいる吾妻光良さんは、50歳代最後のライブでありましたとさ。。。


先日の奉納プロレスで、酔っ払っていたので記憶がイマイチだが、確か玉井さん(だったと思う)から「湾岸音響スタジオ」が3月いっぱいで閉まるという話を聞いた。
このスタジオ、まあP-Vineのスタジオ、みたいなもんだから、ここ最近のP-Vineの動向からして、うん、まあそうか、などと一人勝手に納得してはみたものの・・・・。
あれ?そう言えばオレのツイン・リバーブって、あそこに置いてあるんだよなあ。

話、遡ること30年。
昔はライブハウスに出るには楽器だけじゃなく、アンプ類も自前だったんですよ。
ちょうど二十歳くらいの頃、Fenderのツイン・リバーブを購入した。
当時、使っていた荻窪のMistyというスタジオの東海林氏(「しょうじ」ではなく、「とうかいりん」と読む!!)のツテで新宿のELK、いやもうKEYになっていたか、で激安の16万で手に入れた。
ちょうど銀パネの後期の頃で、100Wではなく135Wの爆音バージョンである。

ちょうど20年前、自分の結婚式の二次会を吉祥寺の「のろ」でやるので持ち込んだのが最後だったような気がする。
その後、小出斉さんに貸して、しばらくは高円寺のJIROKICHIに置いてあった。
スピーカーが1発飛んだので、JBLを入れてたいへん重くなったという話を風の噂に聞いた。

それからだいぶ経ってから、「湾岸音響スタジオ」に移り、もう1発のスピーカーもJBLに換装され、もう誰も一人で持てる重さではなくなってしまった、との風の便りも聞いた。



ということで、今回のスタジオ閉鎖の報を聞き小出さんに尋ねてみると、「ええっ!それは知らなかった」と大騒ぎになったものの、スタジオの鷲津さんに連絡を入れてもらい、アンプ回収ということになったのである。
鷲津さん、25年くらいぶりにお会いした。あの頃はFM東京にいらして、たいへんC調な方として有名であった。
河内音頭の布教者?としても有名な方であります。

スタジオはこの倉庫の3階にあったものの、この日は機材は5階のものの見事な倉庫に並べられてあった。



すっかり年季の入ったツインさんと20年ぶりのご対面。
ちょっとお顔が黒くなったわねえ。

今回、私と小出さんのためにマイカーを出して、この重機を運んでくれた田辺のりゅうちゃん、誠にありがとうございました。
小出さんに、味噌ラーメン一杯で騙されちゃダメだよぉ。



そっと後ろにまわってみる。

おおおおおおっ!

見事にJBL入ってるよ。



で、こいつを自宅へ持って来ようかと思ったのだが、家で使うにはちとデカすぎる。
家族の冷たい目線に晒されるのは明白。さて・・・・と思ったところに、最近プライベート・スタジオを作ったという、私の仲間内では一番の出世頭であるT垣氏のことを思い出した。
「夜中でもマーシャル轟音可能です」という言葉を思い出し、それならツインの1台や2台、どおってことはなかろう。
と、勝手に思い込み、T垣スタジオに置く段取りをつけてしまったのである。

で、そこで真空管交換をする小出師匠の図。


このプライベート・スタジオも凄い。
土足で入っていいの?くらいな感じ。
近いうちに遊びに来てレポートしましょう。

で、T垣氏のバーニー・ケッセル・モデルで試奏する小出師匠。
このギター、後期のT-Boneも持ってたレアものである。


いやぁ、やっぱツインのリバーブはサイコーやね。
このギターとの相性もバッチシ。

あ、あれ?音がブチブチ言ってるよ。
ああ、真空管の接触だったのね。

あ、あれ?フットスイッチ無くなってるよ?
トレモロだめじゃん。

とは、言いつつも無事に引越し終了でメデタシメデタシ。

2月の終盤から、ちょっと更新回数が増えたものの、あらま、もう3月も終わってしまうじゃないの。
どうも低調な年の始まりだわい。
今年はまだライブもなし。
ブログだけでもバチッと決めたいところだが、ここは今年になって購入したものでも並べてお茶を濁すという情けない話である。


さて、こいつはFacebookにてお披露目済みであるが、先週土曜にスマホデビューした品である。
元々、会社用と個人用の2台持つのが面倒なので、ドコモの「マルチナンバー」(1台の携帯に2つの電話番号を持つ仕組み)というのを使っていたのだが、これがスマホにも何とか対応出来そうな様子だった(正式なアナウンスはありませんが)ので購入した次第。

そして当然、「機種変更¥3,800」というのが後押しだった。

ここ数日は、こいつと格闘の毎日。果たして使いこなせるんだろうか?


スティーヴィー・レイ・ヴォーンは、それほど好きってわけではないのだが・・・・。
近所のスーパーで¥380にて購入。

タバコより安いっ!

ちなみに、まだ観てないし。


ガイコツマイク。Shureの55SH2というやつだ。
新古品ということで、あのバカ安値のサウンドハウスの特価より半額以下。
さすがの私も中古のマイクは手を出しません。

このマイク、まぁヴィジュアルありきなところでありまして、そんなに高性能というわけではない。
相当に昔の話、対バンでLEOさんとやった時のリハで、彼女が持ってきたこのマイクを
「伊藤、使ってもいいよ」って言ってくれたんで1曲お借りしたが今ひとつ馴染めなかった。
あれから30年、果たして・・・・・。


最近、学生時代に出入りしていた某N大学の某サークルOB会が Facebookの「グループ」で盛り上がっている。

で、中学時代に買ったJENのCRYBABYの現所有者が判明した。
てっきり、気の弱いO久保氏に買い取らせたと思っていたのだが、全然気の弱そうでないK森氏が買ったらしい。

動作状況は不明。

K森がFacebookにアップした写真を拝借。


基本、アンプ直結派ではあるもののワウワウくらいはあっても良いかなあ、などどここ数年考えていたら、小学~高校の同級生であるtochi氏が「ジャンク品ではあるが」との注釈付きで1年ほど前に譲ってくれたのが、こいつである。

通称「上履き入れ」付きである。

やはり残念ながら、内部の部品が折れていたりして、いつか直してやろうと思っていたが、時間ばかり経ってしまっていた。


ここに来て、修理は意外と高額らしいとの噂も聞きつけ、別途購入してしまった。

これがあなた!ワウファズだっ。

今時の若者には「はぁ?何それ??」と言われて終わりだろうが、おじさんたちの時代にはあったのだよ。
しかも、イタリアJEN社のオリジナル。

しかも!、先月給与2%カットのおじさんにも買えた大特価。


ちなみに、Facebookで愚痴った「3月給与38%カット」の話はなくなった。
理由は、50%カットしたって赤字は補填できない、との理由から。
これは、オレが悲惨というより会社がアブないっちゅうことでは・・・。

「ちなみに」、がもうひとつ。
ガイコツマイクのスタンドはやっぱりストレートだよね。
ブームスタンドじゃみっともない。
でも、ギターを持ってるから腹を引っ込めないと当たるわけだな。
解決策
① 思い切り猫背で歌う。
② BBのように、ギターを横に回して歌う。
その他、いい案がありましたらご教示の程お願い申し上げます。

先日、自らの命を絶った中村とうようさん。
あの膨大なコレクションは一体どうなるんだろう、などと思っていいたのだが、実は武蔵野美術大学にすべて寄贈されていた。

しかも今月初めの7月4日から、大学の美術館で「中村とうようコレクション展」が開催されていたのを知った。

武蔵野美術大学、美術館のホームページ

この開催期間中の自殺というのは一体何だったんだろう?
凡人には、ちょっと理解できないところ。


鷹の台駅
で、昨日行って来た。

西武国分寺線というローカル線の鷹の台駅だ。

実は、嫁の母校であり、何回も行ったことがある。


武蔵野美術大学
でも、徒歩は初めてか?

直射日光の下、約20分間の散歩。

結構きついねえ。。。。。


フラッグ
校内に入ると、このようなものが。


展示室前
美術館の展示室にて開催。

約50点ほどの楽器と、少々のLPが展示されていた。

残念ながら、というか、当然ながら、中での写真撮影はNG。


パンフ
このパンフレット(?)を購入。

これに、展示物はすべて載っている。


親指ピアノ
とうようさんの大好きだった「親指ピアノ」も、もちろん展示。

いろんな種類があるのね。


ロバート・ジョンソン
レコードの展示は、ちと物足りなかったかな。

様々な音楽の一番最後に登場したのが、ロバート・ジョンソン。

原点に戻って「おしまい」。。。。。


玉川上水
帰り道はちょっと遠回りだが、日蔭を求めて玉川上水に沿って歩く。


橋の上から
橋の上から玉川上水をパチリ。


高田馬場「タイム」
さて、これから飯田橋へ向かう。

時間が余っているので高田馬場で下車。

懐かしい中古レコード店「タイム」は、まだ健在。

暑くて喉がカラカラ。

まだ約束の時間には早いが、地下鉄東西線に乗り込む。


かぶき ういず ふぁみりー
そう、ザ・グレート・カブキさんの店、「かぶき ういず ふぁみりー」である。

本日夜の部はプロレス呑み会である。


メニュー
まだ誰も来てないが、我慢しきれずに生ビールを注文。
一気に飲み干す。

「ガッデムポテト」注文。


4等分
その「ガッテムポテト」を4等分する岡地曙裕氏。

「おーい、全然等分じゃないぞー!」
「うるさいっ!ガサツなオレに切らせる方が悪いっ!!」

むむむ、反論の余地なし。


熱い人
熱いよ、暑い!
まさにストロングスタイルの芳江姐さん。

隣席の客に、プロレス道の神髄を熱弁する!

カブキさんも感心されております。

ちなみに、この向かい側では、大阪~東京24時間呑み続け状態の八潮ちゃんが末期症中になっておりました。

さて、今度はブル中野さんの店へ行こうなどという話も出ていますが・・・・・・。

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