8月13日、台風直撃である!
が、清瀬高校のお友達4人は所沢のリハスタに集まったのである。
楽器は持ってるが、まぁ同級飲み会である。

思えば45年前だろうか。
そうだよ、1977年のことだった。

私が通っていた都立K高校(あ、既に実名書いてたか。。)というのがちょっと変わったとこで、新設校(私達が入学して3学年揃った)でありながら、どうやら進学校を目指していたっぽい。

ネクタイは無茶苦茶光る黄色(タクアンネクタイと呼ばれていたが)。
「祭り」が嫌いらしく、「体育祭」は「体育大会」。
「文化祭」は無く、その名も恥ずかしい「学芸発表会」。
この学芸発表会とやらをぶっ潰して「文化祭」に変えるために、私は毎年この委員会に立候補、活動していたのである。
クラスで8ミリ映画を作って、合唱コンクールで優勝して、あっけなく高校3年目の学芸発表会は終わってしまった。
最後のファイヤーストームの場で、私は校庭の朝礼台に上がり「アジ演説」を行い、タクアンネクタイを火の中に投じようとして教師に羽交い絞めにされて止められ、文化祭の夢ははかなくも消えたのであった。
9月の秋分の日あたりのこと。

まあ、当然そこからは大学入試を目指す高校最後の半年間が始まるわけだが。。。

どうも、このクラスは団結力が無茶苦茶強くなってしまったのだ。
速攻で次の行事を計画する、正丸へキャンプである。
たぶんクラスの半分近くが参加したような。
ジェイムス・カーのTシャツを着てる私の写真があった。
恥ずかしくて見せられないが。
時期が時期だけに、親に嘘ついて参加した者もいたようだ。
まぁ、当然だが。

キャンプも終わった、さてどうしよう。と思った私。
クラスでバンドでも作るか(笑)

出来てしまった。。。

まるで素人をドラマーに。
生ギターをポロンと弾くことしかできなかった男をベースに。
今でも三味線のようなギターを弾く男。
体育会系女子にキーボード。

バンド名は「BOBO」。
コーラスに女子3名を入れてこちらのグループ名は「BRAZILS」。
そう!ボボ&ブラジルズ。
往年のプロレスラーである!!

クリスマスコンサートもやった。
クラスの半分以上は来てくれた!

翌年、もう一人のギタリストとベーシストは一浪となった。
人生の階段を一段踏み外したのであった。




コロナで一度は閉店した「百味」。
ファンの要望で再開!
親父さんは、もう店に出てないみたい。
(経営が代わったとか?)
昭和の大箱居酒屋は生き残ってもらいたい!!




大瓶が、なんと破格の480円!!
採算取れるのか?

チューハイ類は10円値上げして、230円になってました。
大瓶は以前は460円だったかな?

そして土砂降りの中、スタジオへ



背後霊のような男はドラマーのE澤氏。
英語力を生かして仕事をしていたが、なんと今はタクシードライバーに転身!

私は所沢ということで、松坂大輔メモリアルTシャツ!!
ちなみにマスクもライオンズマスクです。




THE NG’sでも同僚の、ベーシストO江氏。

まだ下の子は高校生。
お父さん、頑張らなきゃね。


前呑みが効いて、すっかり演奏の記憶が無い。

そして、ちょっと雨風も収まってきたので、スタジオ終了後に飽きもせず、また「百味」に。

いい夏休みでした(笑)


45年くらい前の話なので、記憶が怪しいが。
大学に入って1年間はサークルに忙殺されて好きなことも出来なかったが、サークルも脱会できた翌年からやっとブルースバンドを再開させ、何故か初のライブハウスが思いっきりアウェイな上福岡「のらろば」という店。
あの頃は基本的に機材はバンド持ちこみだったので私も新宿エルク(その頃はもうKEYだったな)の店員だったT氏のツテで1970年代末期最後の銀パネのツインを13万で買った。
お店(のらろば)は細長くて小さなところだったが、当時その店のレギュラーバンドだった「子供バンド」がイーストウエストで優勝した直後で、そんな話をMCで喋った記憶が。
今みたいにインターネットも無い時代だから、お店で優勝の報を聞いたのだろうな。
ライブの日はちょうど台風が来て帰りの志木街道でバンド車が側溝に落ちてえらい目にあったなぁ(笑)

あれから45年、子供バンドのボーカリストと呑んでツーショットに収まるという快挙の昨夜でありました!!









PRETTY THINGSのTシャツってとこが、なかなかに渋いっ!

「はもにかDOJO」
あれ?オレ初めて観に行くかも?
体調もだいぶ良くなったので、実は密かにファンである京都の大野木一彦くんを観にルースターへ。

そういえばルースターは今年の1月6日以来だな。
まったく不義理な私である(汗)
1月は大雪に見舞われ、武蔵境から1時間かけて歩いて帰ったのであった。
我ながら、まだ若い(笑)
ああ、そして寒い日が懐かしい。。。

それにしても、ハープ3人だと恐ろしいほどの重厚サウンド。
ぶっ飛びました。

そして安定のバック陣は小出斉、大西真、松本照夫(敬称略)!




まずは腹ごしらえ。

そういえば、佐藤オーナーの前説が無かったなぁ。




ノリに乗ってる男、Kotezと、かつての天才少年(笑)千賀太郎くんのバトル!

実はKotezちゃん、翌日は苗場でFUJI ROCK FESTIVAL、三宅伸治&The Red Rocksのステージという超ハードスケジュール!!



ぜったいこんな悪役レスラーいますね(笑)

ハモニカが凶器に見える(笑)
レフェリーに見つからないように・・・



さて、そうこうしているうちに、自分のライブもそろそろ画策しなきゃですよね。


24
7月

不覚!

   Posted by: Masazumi Ito in Everyday I have the Blues (日記の項)

コロナ第7波!
オミクロン手強し!!
東京都感染者3万人超え!!!

やられたかっ・・・




梨も良かったが。



個人的には桃だな。



5キロ減!

ダイエット!!

先日、ハマちゃんに「新しい店が出来てね、なかなか良いよ」と聞いていたので、今日は金曜日!ってこともあり挑戦。
だいたい場所は覚えていたが、店名がちとアヤフヤだったのでハマちゃんに確認するも、まぁ当然「はい!私も行きますっ!」てなことになりますよね(笑)
「ハマちゃん」と言えば、某芸人より釣りバカ日誌のハマちゃんを思い出す私ですが、今回登場のハマちゃんは本名「大濱」である。
この漢字で、鋭い方は気付くと思うが、”うちなーんちゅう”である。
12年ほど前でしょうか、赤坂のライブハウスで対バンで知り合ったわけだ。
2010年3月8日のブログ
終演後、近所の居酒屋で打上げやってるときに隣に座って仲良くなった。
あの時、パーカッションだったけど、実はブルースハープも吹ける、てな話と、実は石垣島から出てきて暫く清瀬に住んでた、ということで私が幼稚園から40歳くらいまで住んでいた「清瀬の話」で盛り上がったのである。
しかも彼は、我が母校でもある清瀬高校の裏の森で不純異性✖遊(またの名を「アオ✖ン」とも言いますが)していたという不謹慎な男でもある。
その後、なぜか「みやら製麺」で出会うようになり、今に至るというわけだ。




まだハマちゃんが来る前に、こっそり食べた「スパムのチーズ揚げ」。

これは創作料理だな。

スパムの真ん中にクリームチーズか。

オリオンビールが進むなぁ。



ふ~ちゃんぷると請福のロック。

お麩のちゃんぷるーである。
旨いっ!

泡盛は迷ったら「請福」!

琉球ガラス、美しいっ!




沖縄そばの「やきそば」。

みやら製麺の「八重山そば」の麺に慣れてしまっていたので、こちらの沖縄そばも良いですな。
どちらかと言うと、こちらの方がチープかな(笑)

奥に写っているのは、「珊瑚礁」という泡盛。
ハマちゃんのボトルを飲み干しました。
(ちゃんと、もう1本入れて帰りましたよ!)



必ず食べるぞ、ポーク玉子!!



ハマちゃんと記念撮影。

天山広吉に似てるという噂が(笑)




お店をバックに。

大塚駅北口出て、左の線路際の道を歩くと直ぐに着きます。
予約して行った方が無難な人気店でした。

沖縄酒場 波南(なみなみ)
東京都豊島区北大塚2-2-7 ドルメン大塚 1F

https://tabelog.com/tokyo/A1323/A132302/13271394/


有りそうで無かったジョイントライブ。
敦賀隆(ex.Bob’s Fish Market) & 町田謙介である!
梅田亜土ちゃんの「アドー音楽事務所」主催である。
うん、なかなかにいい仕事だ。
ちなみに七夕の夜である。



ライブ会場も下北沢ラウンということで、ナイス。

このフライヤーは、当然だがデザイナーの町田謙介氏の作品である。



町田謙介氏、「ねずみ男」という芸名(?)で活動していた頃からの40年来の友人である。

その彼の大先輩である敦賀氏との共演(これも40年ぶりくらいとか!)ということで、妙に硬い(笑)

コロナもあってか、約3年ぶりの遭遇だね。
2019年5月20日のブログ




こちら、私も大好きな敦賀隆大先輩。

ねずみと違って、全然マイペース。

曲順の構成なんかも行き当たりばったり。
私も共演させて頂いたことがありますが、まぁ、そんな人です(笑)

全てにおいて無頓着というか、終演後に自分のライブくらい宣伝しなさい!とみんなに怒られてました。



最後にジョイント!
でも、事前に一緒に演るなんて想定して無かったもよう。

ということで、予想通り、” WEIGHT “ で〆ます(笑)



最後まで残って呑んでいた、私と増渕英紀さん、そしてこのライブの主催者である梅田亜土ちゃんとステージ上で記念撮影。

この写真だけ、フジヤマカメラマンのスマホ撮影で。




追記。

ライブ前に町田氏と話していた時、今回彼の書いた小説を持ってきたとの事で購入!

しまった、サインしてもらうの忘れてたな~

昨年のニュースで、太宰治ゆかりのスポットの一つである「三鷹跨線(こせん)人道橋」が解体されるとの話があった。
まあ、簡単な話、維持費(耐震補強の費用)がもたない、ということのようであるが、残念に思う。
当時は鉄骨不足のために明治、大正時代の古レールで作られたのだそうだ。
昭和4年に作られたというこの建造物(?)、私は撮り鉄ではないが何十年ぶりかに行ってみた。

ちなみに、まだ撤去予定は決まってないようだ。


西暦にすると1929年、ブラインド・レモン・ジェファーソンが亡くなった年ではないかっ!

そっちの話なら得意だぞ(笑)


チャーリー・パットンの初録音も1929年だ!

i-podで “Pony Blues”でも聴きながら、と思ったが入ってなかった(汗)




これは何だ?
まさかこれは1929年製ではないだろうが。


で、三鷹まで来たら、ここだね。

コロナということもあり、たぶん1年半ぶり。



と、暫く呑んでいると、フラリと一人の男が入ってきた。

なんっつう偶然。

ミスター W.C.カラス!


何とかは何とかを呼ぶと言いますが、この場合「酔っぱらいは酔っぱらいを呼ぶ」ということですな(笑)