私が高校生から二十歳になった頃には、まだ「ロック喫茶」や「ジャズ喫茶」があった。
そうそう、ちなみに少ないながら「ブルース喫茶」も。
いわゆるクラッシックを聴かせてくれる「名曲喫茶」みたいなものの変化版、基本的に会話できない店が多かった、というかでかいJBLからの爆音で会話不能状態だった(笑)
たまに通っていた吉祥寺のA&Fは聴くだけの人用と喋れるスペースに分かれていたので友達と入るときは重宝した記憶がある(芽瑠璃堂、またはすぐそばのGeorgiaで買ったLP抱えてコーヒー飲み行く感じだったか。
ロック喫茶、ジャズ喫茶の夜の部は行って無いのでわからないが、ブルース喫茶は夜になるとブルース酒場と化していた。
今は昼間から営業するその手の店は無くなってしまったねぇ。
まぁ、コーヒー1杯で長時間居座る輩ばかりだから、お店としてはコスパ最悪だよなぁ。

1970年代初頭、大阪は阿倍野に「マントヒヒ」というロック喫茶(ジャズ喫茶?)が出来たそうです。
もちろん私は行ったことは無い。
1980年代の中頃には閉店していたもよう。
全共闘が崩壊したころだろうか?
最初のマスターは寝坊して「よど号」に乗り損なったとか。
まぁ、世相を反映して、けっこう危ない店ではあったようだ。
公安は、この店をマークしてたそうだし、玉井さんは中学の時にこの店で重信房子女史を見たと言っていた。
下記のサイトには当時の詳しい記述がある。
MANTOHIHI
ライブもやっていたようで、フォークやロックや、なんとノイズ、やパンクまで!

さて、かつて憂歌団や上々颱風のジャーマネとして活躍した玉井まさじさん。
彼も一時期マントヒヒのスタッフだったそうで、昨年大阪で同窓会を開き、意外にも東京に流れている常連や関係者が多いことから、東京版の同窓会開催となったわけですが、なぜか生粋の東京人である私もお手伝いすることに(笑)

当日、黄色い縦縞のユニフォームを着た人ばかりだったら、こっそり帰ろうと思ってました(笑)が、そんなことも無く(当然)、皆さんだいぶ丸くなられたのか(笑)良い人ばかりでした。
同じく東京人でありながら駆り出されたベースの秋山博さんは、「いや~、みんな玉井さんみたいな人だったらどうしようかと思ってたよ~」(笑)
まぁ、良い意味でね、もちろん(汗)




マントヒヒの重要人物、玉井まさじ氏とこの集いの為に大阪からやってきた中島景造氏。
中島さんは「アウシュビッツ」のドラマーでもあった。
ちなみに、アウシュビッツのギタリストは町田町蔵氏のINUのギタリストでもあった故林直人さんだったりもする。




その玉井さん、中島さんのバックでアウェイの(笑)私と秋山さんが初っ端で登場。
しかも、私が最も苦手とするラグタイム風ブルースと、もう1曲はなんと「永遠の絆」である。
ギター歴52年にして、初めてのカーターファミリー!!

客席には、今回私がスカウトしてきた中川五郎さんも。。。。。
や、やばいっ!



瑞姫さんは東京の浪曲師さんです。
赤江真理子さんは大阪のチンドン屋さん。
もちろん、大阪現住です。
かつてNHKでドラマ化された「青空にちんどん」のモデル、というか原作者さんであります!




T.美川さんは「非常階段」のメンバーでした。
世界初の「ノイズミュージック」と呼ばれたバンドです。
楽屋で聞いていましたが、凡人の私にはサッパリ分かりませんでした。
ごめんなさいです~



中川五郎登場!
実はちょっと前に、下北沢のラウンでお会いした時に、この日は空いてるということで勝手に引っ張って来ちゃったのは私です(反省)。
でも、2曲バッチリ歌って頂けました。
JIROKICHIは杉並区ということで『石原伸晃さんが東京医科歯科大学病院に入院した』を唄ってくれました!(笑)



しまった!買いそこなった。

これ欲しかった五郎さんの自伝「ぼくが歌う場所」。
2冊だけ持参されてましたが、すっかり忘れてしまいました。
次に会う時は事前に予約しとかなきゃ!



「かめバンド」の皆さん。

CSN&Yのトリビュートバンドです。
実はベースの今西さんは、前述のアウシュビッツやブルースバンドでも弾いていたそう!




辻村マリナさんとタヒさん。
マリナさんは噂にはよく聞いていたが、お会いするのは初でした。
実は今は亡きナミさん(南正人さん)繫がりだったりもするのであった~

たひさんは、その昔、砂川正和さんのいた「コールドラビッシュ」で叩かれていました。
その後、VOICE & RHYTHMでもパーカスを。
この日、久々の再会でした!




伊藤、再び登場。ドラムはたひさん続投。
ボーカルはカルメン歌江さん。
大上瑠璃子さんのお弟子さんです。
リハでお会いした時と、頭の恰好が(髪型が)全然違って、嗚呼ビックリ!

Otis ClayのI Die A Little Each Dayを。
演奏直前に構成を勝手に変えてしまい、ちと反省。
次回はリベンジをぜひ!




真理子姐さん再登場で、玉井さんのオリジナルソングを。

左の白髪のギタリストは、元シンコーミュージックの戸塚さん。

ちなみに弾いているストラトは正真正銘の1954年製!!!!!



さて、THE CABARETです。

8.8ロックデイでベストボーカリストを受賞した恵須川さんに鬼殺しブルースバンドでもおなじみのギターは庄司タメさん。
全員関東圏在住のこのバンド、久々の再結成。

エスさん、ジョー・コッカーでした!(笑)



最後は、そのザ・キャバレーにプラスアルファ加わって、大団円の The Weight。
もちろん、私も登場(汗)



大団円の大団円は中川五郎さんも登場して I Shall Be Releast!!



いや~、楽しかった。
東京人でも楽しめました(笑)

来年も東京同窓会の第2弾やるとか。
また呼んでくれるかな~。

玉井総監督、お疲れ様でした!!

2023年5月17日のFacebook投稿より転載しました。
5月15日、64才になりました。
あと1年で、前期高齢者!!(涙)

**************************************************************************************
2日経ってしまいましたが、一昨日はお祝いのコメント、メッセージ多数ありがとうございました。
思いもしない64歳、気持ちはまだまだ二十代(笑)
回りの知人、友人がほぼ先輩ばかりなので、まだまだ若手気分ですが、世間では立派な爺さんです(涙)
思い起こせば7年前の夏、1ヶ月ほど入院して6時間の大手術。腸閉塞ということにしていましたが実はS状結腸癌でした。
癌などと言うと回りがビビりそうで(笑)4、5人の友人だけにしか知らせていませんでしたが、その後は転移もなくアルコール消毒(もちろん口から摂取)を欠かさないことで、ここでカミングアウト。

この3年間もワクチン無しでコロナクリアの今日この頃です。これからも呑めるうちは呑み、吸えるときは吸うつもりです!
今年は娘からBLUES BROTHERSのTシャツ貰いました。お父さん、ブルース好きなのをやっと分かってくれたか(笑)

あ、それから今月25日のOLD BLUES CIRCUSのジロキチ公演、まだまだガラガラです(汗)ゲスト満載ですので皆様のご来場をお待ちしてま~す。
ご予約はJIROKICHIのホームページ、または予約番号無しでも良ければ、私にお伝えください。(便乗宣伝商法 笑)
https://jirokichi.net/2023/05/25/21324/
**************************************************************************************






思えば半年前。
ドラマー、大平幹久氏は高円寺JIROKICHIにて、「これが平さんの見納めか!」てなライブを行ったのですが、
半年後に外タレとして再登場となりました(笑)
は、早っ!!

暫くは、日本と台湾を言ったり来たりですが、徐々に台湾生活の比重を大きくするようです。
当分、拝めないかもしれません。

今回のゲストは、吾妻光良さん、小出斉さん、町田謙介さん。

ということで、ぜひぜひ皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。

2023年5月25日(木)
開場 18:30 / 開演 19:30
@高円寺 JIROKICHI
https://jirokichi.net/access/
M.C. ¥3,500/予約、¥4,000/当日 + ORDER
予約は下記 “STAGLEE”より
https://www.staglee.com/events/7477
整理番号無しでも良ければ、私にご連絡ください。

宜しくお願い申し上げます。



なんだかチャールズさんの宣伝部長みたいになってしまった今日この頃(笑)
まぁ、光栄なことなんで、バリバリ宣伝します(笑)

4月2日に控えるのは高円寺JIROKICHIでのレコ発ライブでありますが、突如この名前も初めて聞くお店でのソロライブがあると聞いたのは2月8日のこと。
おいおい、早く言っておいてくれよ~

ということで当日を迎えたのだけど、日ノ出町のなかなかに濃い場所でした。
え~っと、この辺かなと店のそばまで来たら大きな声に呼び止められた。
地元の平さん(大平幹久さん)でした!といか、外タレの平さんでした(笑)
入り口の階段下では、すでに森田義信くん夫妻が一服中。
2階の店内に入るとヤクハチ氏、こと藤井康一さんが既に。
来るとは聞いてたが、ちゃんとサックス持参でリハ済(笑)

第1部は “Minor Blues”の弾き語りでスタート!



そして第2部はアタマから藤井選手登場です。



そういえば、後ろの方に友部正人さんにそっくりな人がいるなぁ、と思ってたら本人でした(汗)



けっこう広々としたステージと店内。
ドラムセットは無いなぁ、音的にダメなのか?



トークも交え楽しませて頂きました。
ラストはマイナーブルースに収録の「続ける」
アンコールは用意した譜面が見つからないようで、即興のOver The Rainbow。



この日、数十年ぶりに再開した大平(幹久)さんとどん兵衛さん(永田純さん)。



記念撮影。翻訳家3人に囲まれる、私と平さん(笑)


4月2日のJIROKICHIが楽しみだ!!


人生でベスト10に入りそうなアウェイなライブ。
と、思いきやメッチャ楽しんできました(笑)

ラピスさんにも久々にお会いできたし。
ラピス「俺、実はJIROKICHI初めてなんだよね」。
フリクションはJIROKICHI演らないでしょ(笑)

















1月28日に逝去された田川律の追悼イベント。
ひょんなことからお邪魔しました。
1969年にニューミュージックマガジン(現ミュージックマガジン誌)創刊メンバーである。
音楽評論家としてより、様々な裏方さんとして活躍された大御所である。
私は残念ながら、生前にご面識は無かったが、晩年は自ら歌い手としてステージに立ち続けたことは、もちろん存じ上げています。

大塚まさじさん
中川五郎さん
大庭珍太さん
チャールズ清水さん

そしてゲスト多数で、下北沢ラ・カーニャは超満員。
取り急ぎ、写真だけ載せさせて頂きました。

(写真がちょっとボケて見えますが、写真をクリックすると鮮明です)

R.I.P.
























多くは語りません。
2023年3月7日「アントニオ猪木お別れの会」@両国国技館。
これに参加して、やっと猪木さんがいなくなったんだな、って実感。
猪木さんは絶対に死なない人だと思ってた。

館内に大音響で、最期の”INOKI BOM-BA-YE”
最後の大猪木コールに思わず泣いた。

猪木ヒストリーの映像に思わず泣いた。

藤波さん、古舘さんの弔事に泣いた。

こんなスーパーヒーロー、二度と現れないだろうな。

猪木さん、長い間ほんとうにありがとうございました。

当日の詳細は新日本プロレスのHPからどうぞ。
新日本プロレスHP 1
新日本プロレスHP 2




この写真を正面から見ると、思わず泣けてしまう。



新日本以外にも、ほとんどの団体の選手、関係者が来ていた。
前田さんと高田さんが同じ会場で一緒になるなんて何十年ぶりだ!?
何故か長州さんがいなかった、たぶん何かの所用だろう。

残念なことが1つ。
新間寿氏はいなかった。大塚直樹さんとかは、いたみたいなのに。

※後日、体調不良で参加できなかったと判明。



関係者の献花の後、一般献花はラッキーなことに私が座っていた「西」側の席から始まった。



猪木さんの真っ赤な闘魂タオルを表現した会場。



第1部は有料開催。
9:30開場の11:00式典開始。
チケットを切って貰うと、献花用の花と返礼品を頂いて会場に入る。

第2部は14:00からの無料一般会葬。
献花用の花は各自持参。

どうやら夜の21時頃迄受付けていたそう。



入り口から入ると、思い出深い写真や展示物の数々が。

皆さん、スマホカメラに収めている。




「世界一強い、アントニオ猪木」のノボリ。
昔の新日本プロレスのプロレス中継を見ると、大試合には必ずリングサイドにこのノボリを振っている人がいた。

本職はハンコ屋だったかな、飯塚さんという方だったはず。

リングサイドの名物男でした。




昔は自民党の幹事長クラスがプロレスコミッショナーやってたなぁ。

旧日本プロレスからの慣わし。



返礼品の入った袋と入り口で貰った献花用の花。

このビニール袋に猪木さんのサインが印刷。
ある意味、レアものの袋!



返礼品の「闘魂タオル」



会葬礼状



この日の正装。

2003年、イノキ・ボンバイエのスタッフ・ジャンパー。
スタッフ用は背中に日テレのロゴ、左腕部分に 「STUFF」と記されている。

私は日テレの回し者ではありません。。。



この日の正装。

若手時代の猪木シャツ。
日本プロレス時代は、よくオレンジ色のトランクス履いてたなぁ。



12時半頃には献花して退場。

この日は有給休暇取ったので、
湯島の「みやら製麺」でランチ&献杯。

と、闘魂タオルを見せびらかしに。。。