マイ・フェイバリット・アイドル、アーマ・トーマス。
youtube を探しても最近のかなりお太りになられた姿しか拝めず、せめて初来日頃くらいの映像がないもんだろうかとずっと思っていた。
で、突然発見した。
これは・・・70年代後半くらい??
元のソースはなんでしょうか??
ご存知の方、いらっしゃいましたら教えてくだされ!
Posted by: Masazumi Ito in Everyday I have the Blues (日記の項), Phonograph Blues(レコード,CD,DVD,映像等の項)
マイ・フェイバリット・アイドル、アーマ・トーマス。
youtube を探しても最近のかなりお太りになられた姿しか拝めず、せめて初来日頃くらいの映像がないもんだろうかとずっと思っていた。
で、突然発見した。
これは・・・70年代後半くらい??
元のソースはなんでしょうか??
ご存知の方、いらっしゃいましたら教えてくだされ!
今日から4月。新しい年度だ。
まだ正式には聞いていないが、新しい人事、大バカな人事が発表されているはずだ。
何度も書いたし、これからも何度も書く。
1年前の大リストラで約60名のクビを切ったにも拘らず、大赤字の主犯格の一人である某管理職をいったん解雇した後に契約社員で雇用し、この4月1日付けで管理職に復帰させたすばらしい我が社のことである。
不採算部門ということで廃部を余儀なくさせられたこの部に管理職は取締役の部長を除いて6名いた。
そのうち、例の主犯格を含めた半数の3名が解雇後すぐに契約社員で再雇用された。契約社員といっても、給与は在職時の1割カット程度らしい。
一般従業員の再雇用者はたった3名。会社も会社だし、一般社員を押しのけて再雇用された管理職もたいしたやつらだ。
ひとつの部を潰して、従業員を路頭に迷わせても、一年我慢すれば責任はなくなる。
いやぁ、太っ腹な会社!
もう4月になったというのに、昨日、8日までに予算を提出してくれとのこと。
適当に作って、結果NGでもぜんぜん心配要らないので、すっかり安心させてくれるわい。
友人の死を、こういうブログに書き込むことはいいのかどうか。
迷うのなら書かなければいいじゃないか、と言われそう。
ずっと下書きのままでアップすべきかどうか考えていたのだが。
今月号のミュージックマガジン誌に訃報が掲載されたことで、自分自身の中で現実を直視し、一歩前へ進んでいかねばならない、という気持ちになった。
ここ数ヶ月、彼の死が半信半疑であり、またその事実を認めようとしない自分がいたから。
松井仁さんと出会ったのは、まだお互いが20歳くらいの頃。
私は、ちょうどバンドを解散してベーシストを捜していた。
阿佐ヶ谷の「キャデラックベイビー」で当時マスターをしていたH富さんの紹介で知り合った。
そして同じ頃知り合った、小安田憲司氏、岡地曙裕氏と結成したのが “Little Boy Blue”。
彼はカントリーブルースに造詣が深く、同世代でこの話題で盛り上がれる友人は他にいなかった。
その他、ダウンホームなブルースからニューオリンズ、サザンソウルまで幅広く、奥深く探求されていたので、ずいぶんといろいろなことを教えてもらった。
そのプレイは、ひじょうに安定したもので、なおかつ独特のグルーブ感があり、当時の周りのバンドを見渡しても「松井-岡地」のリズム隊は群を抜いていた。
ベーシストとして、あくまでも「リズム」にこだわり続けた。うわべのテクニックに興味を示さず、音楽の本質である「リズム」をかもし出すための、ステップや体の動きに重きを置いた。ぽっちゃりした体型なのに、背筋力の強靭さはこのポリシーによるものであることは間違いない。
ここ10数年は、すっかり年賀状のやり取りだけになってしまっていた。
本職である大学教授として、東京から新潟、そして京都へと活躍の場を移し、昨年の11月29日あまりにも早い旅立ちであった。
その訃報に接したのが、正月の4日のこと。
詳細がわからないのも手伝い、しばらくは何も考えることが出来なかった。
現在、元Little Boy Blueの3名と、彼の一番弟子と言っても過言ではないLEOさんが中心となり、「なにか」をしようと考えている。
後年は音楽界から離れてしまった彼だが、「松井仁」の音を、映像を、SOULを、後世に残したい気持ちも強い。
具体的な指針ができたら、再度この場でご報告させていただきたいと思っている。
書きたいことは無限にあるのだが、無理に要約してしまったため失礼な表記があったらお許しいただきたい。
不適切な比喩等あったらご指摘いただければ幸いである。
帰宅して夕刊を見ていたら、死亡記事欄に「リチャード・ウイドマーク」の名前を発見した。
93歳だったそうだ。正直なところ、まだ存命だったのか・・・と思ってしまった。
リチャード・ウイドマーク(Richard Widmark)はアメリカの性格俳優である。
個人的には、エドワード・G・ロビンソンと並んで好きな映画俳優だった。
私は、映画ファンと呼べるほどのものではないし、実際ここ20年くらい映画館に足を運んだ記憶がない。
ただ、子供の頃から、テレビで放映される昔の映画はよく見た。
テレビ東京(東京12チャンネル時代から)で放映される深夜映画や、平日午後のB級映画が大好きだった。
1950〜60年代のアメリカ映画は昼間によく放映されていた。
リチャード・ウイドマークは西部劇やギャングものの悪役に良く出ていた。
その後、吹き替え無しで聞いた声はしわがれたダミ声。吹き替えは、たしか大塚周夫でそっくりだったことがわかった。
基本的に敵役が多かったが、最後は憎みきれないシーンで死んで行くパターンが多かったような。
たまに、B級映画で主役の作品もあったが、ひと癖もふた癖もありそうな役どころばかりだった。
後年、年輪を重ねるに連れて善人役もこなしているが、なんといってもあの味のある「悪人」面は忘れることのできない凄味だった。
全く仕事にならず。
光ケーブルを2Fに引きなおし、やっとネットワーク接続。電話も開通。
事務所と言っても、200坪の倉庫の中の20坪分をパーテーションで仕切っただけ。
事務所部分の私の後ろにだけ窓がある。(写真の黒い部分。夜なんで・・・。)
しかも南側。
後頭部が暑く、しかもモニターは見えにくいのではなかろうか。
さっそく、ブラインドを買ってこなければ。
パーテーションの上の隙間も、ビニールでも覆わなければ、夏冬はフロア全部にエアコンを入れなければいけなくなる。
たいへん不経済。
明日は書類の整理。
一日で終わるか・・・・・。
あと・・・、少々暗い・・・。
今朝の通勤電車の様子がちょっとおかしい。
妙に空いているのだ。
池袋で地下鉄に乗り換えると、いつもはギュウギュウの一番後ろの車両が今日はすかすか。
そ、そうか。春休みだな。
小学生の次女が昨日終業式。中学生の長女は今日だと言っていた。
二週間ほどは満員電車が緩和できるな。
明日は事務所の引越。
引越と言っても、1階から2階へ。
今まで、事務所が1階、作業場が3階という変則的な配置が、2階のワンフロア200坪に集約できる。
徐々に2階へ移動を始めているが、私の周りの書類の山が最後の難関と思われる。
これを機に少し整理しないと。
明日の午後の電話工事の後に、一挙に!
ああ、春休みがほしい。

伊藤正純
10〜20代をBlues, Soul, Gospel等々,Black Musicに捧げる人生。 その後20数年間の音楽と無縁の生活(まじめな会社員?)を経て、いい歳をしてBluesとギターに明け暮れる毎日に復帰。とは言いつつもまだまだリハビリの身 & サラリーマンの身。