カテゴリー「Blues’n Soul (ブルージーな仲間たちの項)」への投稿

明日は、吾妻光良&SWINGIN’ BOPPERS の東京ビルボード初進出であります。
すでに大阪ビルボード公演は大好評のうちに終了!

さて、東京ビルボード公演を2日後に控え、都内日本橋の某焼き鳥屋でホージョレヌーボーを傾けながら・・・・。




「アニキ!これっすよ!やっと手に入りやした~!」

「ほぉ~、こんなに小さいが大丈夫なのか?」

「いやいや、昔と違うんすよ~」

「純度が落ちることは無いだろうな!」




「ほらほら、こんなんです!」

「うーむ、ヤマちゃんに知れたら小指の1本じゃ済まされんぞ!」

「いや、ヤマちゃんとは違う入手経路ですから大丈夫!」




「ふむふむ、なかなか上物だな。ちょっと舐めてみてもいい?」




「ぐふふふふ、これで六本木の連中の度肝を抜いてやるぜぃ!あ、くれぐれもヤマちゃんには内緒だぞ!!」



さて、ビルボードの1部、2部ともソールドアウトとのことです。
この分なら、来年もお声がかかるのでは?

大阪では金宮焼酎入りのウーロンハイ呑み放題¥1,500っつうのをやったらしいです。
東京では金宮&ホッピー呑み放題を希望します。

そして・・・果してヤマちゃんは登場するのでしょうか???







11月22日 追記

初めて迷路の奥のビルボード楽屋へ入った記念写真。

隣はヤマちゃんではありません(笑)

スウィンギン・バッパーズが無料で観れるという話に惑わされ(笑)、台風の真っただ中を錦糸町まで行ってきたわけです。
「江戸マルシェ」という催しです。
錦糸町、そう去年の今頃も行きましたね~。
2014年8月24日のブログ



台風だけど会場が高速道路の下だから大丈夫!との玉井総監督のお言葉もあり、ノコノコと行って参りました。

フードコートも多数あり、ビールが軽快に進みます。
会場に着くなり真前に琴欧州関も居たりしました。



西川さんが一人だけ菅部隊から外れているのは雨漏り用のバケツのためです(笑)。

最初、ちょっとバランスが悪かったPAですがすぐに持ち直し、台風を物ともしないステージでした。

素晴らしいっ!




バッパーズのステージも終わり、またあちこちのフードコートで買い食いをしていると、なぎらけんいちさんのステージが始まっていました。
ウロウロしてると、バッパーズの赤いピアニスト、早崎詩生氏と遭遇。
私はすっかり忘れていたのですが
「伊藤さん!LINDY HOP (30年近く前に早崎くんと一緒にやってたバンド名)の時に吉祥寺の某『M荼羅』でブッキングしたのにも関わらず、あとからスケジュールに入って来たなぎらさんに押さえてた日を取られちゃったことありましたよね!」
おお!そんなこともあったような~(笑)




30年の時を超えて、なぎらけんいちさんを真ん中に入れ(小さくて良くわかりませんが・・・)因縁のスリーショット!!(笑)


ビールも呑んだし、コロッケも食べたし、まだイベントは続きますが翌日は仕事だし、そろそろ帰りますか。
ステージ裏で皆さんに挨拶して去ろうとすると。

吾妻「おい!伊藤!最近な~、わはは!ティミー・ロジャースってやつ知ってるか~?わはははは!!」
伊藤「い、いや、何ものです?」
吾妻「い、いや、これがまた、わはは、おもしろいんだ、わはははは!ちょ、ちょっと待ってろよ」

と言って楽屋に消え、すぐにスマホを持って戻って来た。

吾妻「い、伊藤!こ、これを見ろ!わはは!」

ステージ裏なんで、なぎらけんいちさん演奏中につき音が良く聞こえない。



吾妻「ほ、ほら、わはは!うっ、よく聴こえんな、もっとあっち行こ!ほらほら!わはははは!」

ファン「あづまさ~ん!一緒に写真撮ってくださ~い!」

吾妻「い、いや、わはは!ちょ、ちょっと待ってね~、わははは!」

と、言って私をどんどん会場の外へ連れて行くわけです。



吾妻「ほれほれ、ここまでくれば聴こえるだろ!」



そう言って見せて頂きました。



私もすっかり不勉強で知らなかったのですが、このティミー・ロジャース (Timmie Rogers)という人、そこそこ有名な芸人さんとのこと。

とりあえず、Oh Yeah~! で、すべてをまとめあげる素晴らしさ!(笑)




さて、昼間っつうこともあり、まだまだ時間があるので軽くやきとんで一杯。

さすが錦糸町。
テレビは競馬中継。




まだまだ時間があるな~

久々の下町だから、浅草でも行くか。

あ、浅草といえば・・・・

あ、もう終業?

この仏具店と言えば・・・




そして〆に浅草HUB。

さすがに明日は月曜なので、途中でおいとまさせていただきました。

岡地さん、昼夜おあつかれさまでした~


去年の6月くらいでしたっけ?旧店舗を閉めて、解体~裏の仮店舗移転~仮店舗閉店~新店舗開店準備、ときた「鳥和可」ですが、ついに7月16日、そのベールを脱いだのでありました!



ごく一部ウワサのあった「鳥和可、愛と平和の三日間」なるイベントが行われるわけも無く(笑)
ただ初日は椅子に座れない人も出るほどの大盛況。
二日目はかなり淋しい小盛況。
三日目はカウンターほぼ満席の中盛況。
ということで、私は「愛と平和の三日間」を鳥和可で過ごしたのがバレてしまいました~。


旧店舗よりちょっとこじんまりした感じになりましたが、よりアットホームな雰囲気に。
まだの方、ぜひお寄りください!

そう言えば新店舗になってから、いままでに無かったことが!
窓ガラスにメニューが書かれていますっ!!!
あ、意味が分かりませんよね。。。
実は、私はこの店に初めてきたときにメニューを見せてもらいましたが、その後見たことがありません。
メニューを出すのは一見のお客さんだけのようでした。
2回目以降は、店に入った瞬間に勝手に生ビールが入れられ(笑)、勝手にツマミが出てきて、勝手に2杯目はイモ焼酎のロックになり、ツマミが無くなると次が出てきて・・・・
1回目の行動が店主にインプットされてるんですね~(笑)
この店、いまどき珍しい「お客様主導」ではなく「店主主導」のお店なのですっ!
まあ、ちょっとオーバーな書き方しました。
「今日は、もう一杯ビールね!」と言えば「だめだ!」とは言われませんし、鳥レバ刺し食べたい!と言えば、ちゃんと出してくれます。
ただ、面倒くさがりの私なんて、勝手に出してくれると楽で良かったりします。
なんかもう、友達の部屋で呑んでるノリですね(笑)

そしてもう一つの驚きが、ツマミの値段が均一ではない!
いや、これも普通の方からすれば、なに?てなことでしょうが。
わたし、この店で千円単位、もしくは500円単位以外に会計をしたことがありません。
つまりオール500円均一かと思いこんでました。
それが何と!300円から600円まで種類があるではないですか!!
これは画期的なことです!(笑)
しかし、オープンして一週間、先週伺っていろいろと飲み食いした結果、¥3,500でした。
これは偶然でしょうか?
いや、近いうちにメニューの値段が消え、次にメニューも消されるような気がしてます。。。
もうひとつ!
メニューに焼き鳥があるっ!!!
焼き鳥屋、というわりに実は常連の間では「幻の焼き鳥」と言う人もいます。
気合いが入ると焼きまくります!
そういう日に来れた人は超ラッキー!(でもそんな日はピアノ弾かなかったり(^^ゞ)
店主の気まぐれで、焼き鳥があったり無かったり。
そんな状況が一変、メニューに焼き鳥が登場したのでありました!

実はこの店、ジュークジョイントの名にふさわしく(いや、勝手に名付けましたが)、ヤマハのハイブリッド・ピアノがあります。
店主が衝動買いしたという、これがまた超高級品。
ギターで言うなら50年代のオールドモデルが買える値段です。
オーダーがひと段落したところでマスターが弾くピアノ目当ての常連さんもいらっしゃいます。

書き忘れましたが、店主である若山光一郎氏はあの「ウシャコダ」のオリジナルメンバー!
ちなみに私のバンド(まだ1回しかライブやってません(-_-;))、DEW DROPPERS のピアニストでもあります。

と、いうことで、「鳥和可」のおさらいが終了です。
いわゆるブルース酒場ではありません。
レコードやCDが常に流れているというお店ではありません。
一人で静かに呑むのも良し、仲間で呑むのも良し、ギターを弾くのも良し(かな?)。
そんな多目的ジューク・ジョイントであります。



実はリニューアル・オープン前日夜に、事前チェックに行っております。

と、言うか、休業中もたまにビール持ってお邪魔したりしてたので進捗状況は把握しております。



7月16日、まずは昼の部、ランチタイムを急襲したわけですが、その盛況ぶりにびっくり!

ウラの大川芸能プロダクション(旧名:大川建築事務所)から若手ピアニストを派遣して切り盛りしておりました。

ちなみに女将さんは厨房に入れてもらえません。
皿洗いどころか、皿拭き程度しかさせてもらえません・・・・。



私がいつも頂く「ささ身めんたい丼」。

ちなみに、私はオーダーしなくてもこれが出てきます。

ランチタイムはオール¥700で、ライスは事前に言わないと大盛のまま出てきます。
で、ご飯は釜炊きなのでたいへん美味でございます!




開店祝いのお花のなかに、いつも若山店主にゲスト出演して頂いている「セクスィー高村 & R-50 BLUES PROJECT」さんより。

当バンドの代表取締役、”牛”澤野社長が気を利かせたもようです。




さて、それではリニューアル・オープンの日の写真を。

盛況です。

昭和の飲み屋って感じなのはオジサンたちばかりだから?




右の「女将さんは厨房に入れてもらえません」の証拠写真です(笑)

冷蔵庫の前までが限界線のようです。




さて、ピアノショーの始まりか?

料理と酒のオーダーは止まります(笑)




塀の中ではありません。

外のガラス越しの写真です。




活ちゃん、ウクレレ持って登場!
軽くて小さい楽器、羨ましい~。

そして隣に新兵器のジャバラを抱えた”ザディコ・ワカヤマ”!

ピアノは期待の新人、Ms.Ieiri!!




私はスキャットで2コーラスのみ限定参加(笑)




おお!

カバンに忍ばせてあった10ホールハープを取りだしたのは、ミスター・マチュー!




おや?

いつの間にか、㈱R-50 BLUES PROJECT 代表取締役の澤野氏もカバンからブルースハープを!




おおおおおっ!

こちらでもハモニカ!!

この日のハーピスト率は異常な高さ!






鳥和可の宣伝に全然なっていないような気がしますが、私にとっては愛すべきジュークジョイントなのです。

「鳥和可」
東京都中央区日本橋本町4丁目2−11
創業、何と1964年!

おお!50周年記念じゃないか!!!


Sooo Baad を観た2日後、今度はその向かいの会場にてイベント。
ブルース&ソウル・レコード誌の主催する、ライブとレコードコンサート。
あ、もうレコードコンサートって言わないのか?

湯浅学さんのDJの前後に、吾妻光良トリオ+2、W.C.カラス、ズクナシの3組のライブ。
仙台からゴスペルの大御所酒屋、佐々木さんも日本酒5本担いで来襲。
いや~、最高級のオーディオで爆音ゴスペルが素晴らしかった。
SPは凄い!!


私なんざ、20年くらいブランクがあるので「ブルース&ソウルレコード」というより、ついつい「ブラック・ミュージック・レビュー」って言っちゃったりします(^^ゞ
さすがに「ザ・ブルース」とは言いませんが・・・。




レコードコンサートの状況。

吾妻さんの解説が秀逸すぎ。。。(笑)




ライブのラスト、全員登場大団円の図。



右は私が買った最初のTHE BLUES誌。
1975年3月の第2回ブルースフェスの会場で購入した記憶アリ。
中学3年生でした。

そして右が、そのあとすぐにバックナンバーで購入した第10号。




ちなみに第5号~9号は大学時代にコピーさせていただいて持っている。



話は戻り、会場でのアフターアワーズも吾妻さんオンステージ!

そろそろ本場のブルースマンも呼んでくださいね~

立て続けに凄いライブに遭遇した。
ブルース聴き初めて40年経つわけだが、その最初のころの想い出がふつふつと蘇るライブ。

ブルース聴き始めの頃。
たしか中学3年生だったはず。
日本最初のブルースブームが到来(実は世間一般の「ブーム」というほどでもないような)したころだが、今までも書いてきたように周りにブルースファンがいるわけもなく、情報を得るのは「マガジン」(ニューミュージック・マガジン誌)か「ザブル」(THE BLUES誌)。
THE BLUES誌も第10号か11号が出たあたりで、やっとそれまでのガリ版刷りの体から脱却した頃。
まだ定期刊行ではなかったような気もする。

その活字の中に、体験することのできなかった黎明期のブルースバンドの名がたくさんあった。
そろそろ外タレ(死語)のコンサートは行き始めたものの、都下の清瀬からライブハウスに通うにはまだまだ。
既にウエストロードはメジャーデビューした頃だが、それ以外のたくさんのブルースバンドの名前を先の雑誌で知るも、ついに生で観ることは果たせなかった。

そんな中にあった ジュークジョイント・ブルース・バンド。
私が中学から高校に入る頃に活動していたバンド、だと思う。
今は亡き、天才ドラマーの田村光太郎さん繋がりで、当時のメンバー山室俊介さんや三輪裕二さんとお話し出来るようになったのは、ここ数年のこと。
その三輪さんが昨年、闘病の末に若くしてこの世を去ってしまった。
聞くところによると、その闘病生活は友人たちにいっさい知らせなかったとか・・・。
6月21日、山室さんが発起人となって三輪さんのTRIBUTE LIVEが中目黒の会場で開かれた。
たくさんの参加者。
やはり三輪さんの人徳というものに間違いない。
みんなでライブを楽しんで三輪さんを偲ぶという主旨、ご本人も喜んでくれたに違いない。



このフライヤーにある通り、懐かしい名前がいっぱい。
前述のジュークジョイントBB、スウィートホームシカゴBB、ファッツボトルBB、等々あの頃の皆さんの名前のオンパレード!

私のような若輩者が参加させて頂いただけで光栄である。
あ、若輩者と言っても、もうとっくに50代半ばだが・・・(笑)




山室さんと江口さんの2トップを最後に観たのは、下北沢のスーパーマーケット(ブルーヘブンとブレイクダウンがかつてライブレコーディングした場所)以来かな。

この二人、じつはこっそり活動を開始しているとのウワサあり。
しかも本人から出てるウワサ(笑)




三輪さんの息子さんがベースに入ったジュークジョイントBB。

ちょっと感慨深いものがある。




実は、高校2年の時に、ファッツボトル・ブルースバンドは観ている。
8.8で優勝した直後じゃないかな?1976年だったと思う。
既に福島タンメンさんはいない4人編成。
渋谷屋根裏(当時)の平日昼の部だったかな?
夏休みだから行けたんだと思う。
客席は5人くらいしかいなかったような・・・(苦笑)
この日の終演後、船岡さんにそんな昔話を(笑)

今回上京できなかった田中晴之さんの代わりに、吾妻さんと小安田さんが客演。




自分の出番は最後のセッション。
すみません、ここからの数枚の写真は山室さんからパクっております。。。
(ちゃんと許可もらってますってば~)

吾妻さん、岡地さん、小堀はん、LEOさん、といった旧知の面子なので楽にやらせていただいた。



が、1曲目に江口さんのすぐ隣で弾かせて貰った時はちょいと緊張。

サニーボーイを唄った近藤さんも、マリオ版That’s All Rightを唄った中島正雄さんも最高だった!




こんな機会を与えてくれた山室さん、そして三輪さん、ありがとうございました。

そして三輪さんの冥福を深く深く心よりお祈り申し上げます。




そして3日後、高円寺の老舗ライブハウス”JIROKICHI”40周年イベントで、レイジー・キム・ブルースバンドを観た。

私が高校に入った頃、すでにキムさんはほとんど活動をやめていたと思う。
その後、たまにチラリとステージに登場したようだが、私が20年以上ブランクがあったためにその機会も逸していた。

キムさんの若かりし頃の数枚現存する写真と、何回か音源を聴かせてもらった以外、本当に初めての遭遇であった。
この日の客層もなかなかに高齢(笑)




以前に聴いた音源同様、気負いがなく自然なブルース。
感動もの!
井出隆一さんは最後に観たのはウエストロードだったか?6バースだったか?昔とあまり変わらない印象。
体調不良のエンタさんも数曲叩いてくれた。
サポートドラマーの松本照夫さん、さすがでした。
サポートギターの素晴らしいギタリストは永井”ヒョコ坊”充男さん。



それにしても第1部の渋さは凄かった。

まさかあんなテンポ、あんなノリのMojo Workin’なんて!

後半、左手が吊ってしまったようで2部のギターは控え目だったが、その第1部でさえ1時間越えのステージ。
参りました!



久しぶりにゆったりとした深みのあるブルースライブ。
観に来てよかった。

いつかはこんなステージをやりたいな。

いや、無理かな。
うん、無理って言われそう・・・・




ステージ終わって・・・
かつてレコーディングに参加したウィーピングハープ・セノオさんの1stを持ってきた山室俊介さん。
実はこのLP(CD)をプロデュースしたのがキムさん。

かつての先輩にサインを貰い2ショット(笑)



最後に、恒例2ショットではなく、レイジー・キムさん観戦者の3ショットでございます。

惜しまれながら、今月10日に閉館となった吉祥寺のバウスシアター
吉祥寺の顔がまた一つ消える。
そう言えば、わたしも訪れるのは4年ぶりだ。
前回→2010年6月13日のブログ
もっと行っておけばよかった・・・。
こうやって「終わりですよ」と言うと大入りである。
だったら、みんないつも行ってれば・・・というのは世の常である。
まあ経営的な部分もあるけど、老朽化の問題が大きいらしい。

6月1日から10日まではバウスの最後を飾るイベントである。
最後の日曜6月8日、早々と前売りを手にしてお邪魔しました。
この日のイベントタイトルは
「映画、ブルース、ライブ、演劇、お笑い、プロレス、どんと、生、無くして有り得ない、その場に居なくてごめんなさい。」
うわっ!長い!覚えられん。
この日のプロデューサーは岡地曙裕氏。
プロデューサーもタイトルを覚えきれていない(苦笑)
出演は敬称略で、Dr.KyOn 玉城宏志 黒川修 小関純匡 岡地曙裕 長見順 吾妻光良 うつみようこ。
ボガンボローザ with フレンズ といった感じか。
期待、期待、期待。




さて・・・・
当然、こういう風景から始まるのが私のブログ。
吉祥寺「いせや」である。
この街の定番呑みやだが、本店、公園口店ともここ数年で改装。
ちょっとイマイチ評判が悪くなってる。。。。。

ここは穴場の北口店。公園口改装時の仮店舗が、そのまま残っているのである。



会場到着。
この日に全員集合の仲間たちは、春の恒例「奉納プロレス」参加の皆さま。
イベントタイトル通りに、ブルース、ライブ、プロレスは切っても切れない関係(偏見あり)。
そして、御殿場軍団も合流。
嗚呼、夜の打ち上げ状況が容易に想像つくのであった。

もう一週間前にはチケット完売だったそう。
私はG.W.あたりに前売り購入していたが、それでも整理番号103番。
キャパは200ちょいである。
しかしながらラッキーなことに下手最前列を確保。
ちょうど斜め前には旧友Dr.KyOn。
さすがに気付かんだろう・・・・と思いきや、終演後に
「伊藤、一番前に居たやろ!」
まぁ、バレるか・・・・。




「映画、ブルース、ライブ、演劇、お笑い、プロレス、どんと、生、無くして有り得ない、その場に居なくてごめんなさい。」
この日のタイトルを読み上げる岡地氏。

アンチョコ見ないと読み上げられない、の図。

何度も何度も読み直しを要求されておりました。はい。。。




日曜夜のライブを滅多に行わない男、吾妻光良氏。
社会人の鏡だなぁ~。
サイケな衣装。ジミヘンを狙ったものの「アイヌ居酒屋店長」の風体と化してしまったとの自らの評価。

振り回す!振り回す!右手がグルグル。
終演後、楽屋に行くと
「おいっ!いとうっ!この手首を見ろっ!」。
右手の手首内側が傷だらけ。
「リストカッター吾妻」誕生!

あ、写真撮り忘れた。




ほらほら、腕の振り回しすぎ。
いや、年齢を考えれば褒めるべきであろうか!?

どちらにせよ、ジミヘンではない。
「謎のアイヌ・ロッカー再発見される」か。




長見順ちゃん、うつみようこさんの2トップ!




おお!

エキサイティング!!




Dr.KyOn !

う~ん!いつまで経ってもカッコええやつやな~

コリーナのフライングVが似合うのは、キョンとオレくらいなもんやな~
(後半は嘘)




最後の全員集合大団円の図。

最後、うつみようこさんにサム・クックが降りてきたのを見てしまいました!




そして、ホントの最後の最後。

スクリーンには、どんと&友部正人さんが。




玉井総監督の計らいで、打ち上げ会場を教えてもらった。

「ま、先に行っといて、あとで合流すればええやろ」とのこと。
総勢10名、先に乾杯の図。

おおっ!なんでも300円!リーズナブル。
しかし、ホッピーは600円。
なぜか自動的にジョッキに2杯来る。
オーダー面倒な人には良いのか???



御殿場チーム撤収後に極悪軍団乱入。

凶器はイカン!凶器は~!!




恒例、2ショットシリーズ!

今回のゲストは Dr.KyOnさんでした(笑)



打ち上げも終わり、第2部に繰り出す約4名。
玉井氏、岡地氏、順ちゃん、わたし。
ドアが開いていたので入ると、お客さんも引けたので椅子にひっくり返って寝ている店主加藤さんを叩き起こす((笑))
(いや、寝てない!転がってただけっ!との後日談)
もちろん伺ったのは「のろ」
なんだかんだで3時前には退散。
あ、明日(実は数時間後)仕事ぢゃないか~!
ちなみに、吾妻氏は危険察知能力が高く、打ち上げには参加されておりませんでしたとさ~


普段からお世話になっている下北沢の”lown”。
あの、Bob’s Fish Market でベースを弾いていた吉田達二さんのお店です。

昨夜は2周年記念の会ということで、ちょっとお邪魔してみました。

呑み放題です。
危険です。

まだ月曜日です・・・・。

あれ?
看板の左に写ってるのは、吉田家のご令嬢?




もう宴会状態です。

いろんな方がステージで歌いました。

中川五郎さん。
実はライブを見るのは、私が中学1年生の時以来だと思います。

たぶん42年くらい前だと思います(笑)




店主の吉田さん。
いったい何を叫んでいるのでしょうか?
ヤジを飛ばしているのでしょうか?

いや、そんなことはありません。
この方の人柄がlownの看板料理みたいなものです。

ライブのない日「居酒屋lown」でカウンターで呑むのはとても幸せに酔えます。
ちなみに吉田さんは呑ませ上手でもありますので、たいてい帰りの電車は乗り越します(ーー;)



閑話休題

以前にも書いた、阿佐ヶ谷のCadillac Babyというブルースのお店の話を。
いまでは”chakerboard”という名前でブルースの店として残っているが、その初期の頃を知る人も少ないかもしれない。
最初は”King Biscuit”というお店で、鎌田さんという方がやっていた。
私がキャデラックベイビーに初めて行ったのは高校生の時。
本当は雑誌で見たキングビスケットへ行こうと思っていたのだが、着いたら店が替わっていた。
インターネットの無い時代、情報伝達はノロいのである。
その日はキングビスケットがキャデラックベイビーになって2日目だったそうである。

東京に数店舗しかなかった「ブルース喫茶」。
そう「ブルース喫茶」と呼んでいた。
「ジャズ喫茶」、「ロック喫茶」のように。
当然、昼間から営業している。
そう、あの頃はみんな昼間からやっていた。
ZEMも、STOMPも、なまず屋も、ビスケットタイムも、ちょっと違うが、ぐゎらん堂も、みんな明るいうちからやっていた。

キャデラックも最初は13時オープンだった。
まだ高校生だった私は、昼くらいに学校を抜けだし、キャデラックの向かいの「なかの」という定食屋で昼を食べてるとちょうどいい時間だった。
「なかの」は老夫婦がやってるカウンターのみの定食屋。
いくら40年近く前と言っても、全部定食が250円というのは驚異だった。
和食の「なかの」か洋食の「キッチントップ」が阿佐ヶ谷のコスパ双璧だった。
で、「なかの」に入って天ぷら定食を注文すると、たいていキャデラックのマスター「やすしさん」が既に座っているのである(笑)

当時、私は西武池袋線の清瀬というところに住んでいたので、バスで行き来していた。
終バスが22時半くらいなのであまり遅くまで居れなかったが、コーヒー一杯で8時間くらい居座るとんでもない客であった。
が、客の中でも最年少の部類だったからか、ずいぶんと良くして頂いた。
なにしろ、高校生の小遣いでは月にLPは1枚しか買えない!
ブルースなんて、周りの友達は持っていないので聴かせてもらうことも出来ない。
仕入どころとしては、週に1度のTBSラジオ「なかむらとうようブルースの世界 11-30BLUES」くらいか。
THE BLUESやマガジン(ニューミュージックマガジン)で耳年増(目年増?)になっている私にとって、その音を聴ける貴重な場がキャデラックだったのだ。
巷で噂だったマジック・サムのアン・アーバーの海賊ライブテープ(極悪な音質だったカセットテープ)を惜しげもなく貸してくれたりした。

当然のごとく、平日昼間のお客さんはあまり来ないので貸し切り状態(笑)
やすしさんにはいろいろ教えてもらった。
バンドやってるんなら、これ聴かなきゃダメだ!
と言って聴かせてくれたのはBARRELHOUSEというレーベルの”CHICAGO BOOGIE”とWILLIE WILLIAMSの”RAW UNPOLLUTED SOUL”。
この2枚は翌日に小遣い前借して吉祥寺の芽瑠璃堂で即購入した。
SOULをかけると、あまり気乗りしない私の為にO.V.ライトや、まだ日本未発売のジェイムス・カーなども聴かせてくれた。

だいぶこなれてくると、アーリータイムス呑んだりしてちょっと売上に貢献(??)。
顔なじみになってくると次第に周りのお客さんとも話が出来るようになってくる。
こっちはブルースしか頭にないのだけど、必ずしも周りの方たちはそうというわけでもなく、割と怪しげな方々もいたような気がして、またそれが自分がちょっと大人になったようで嬉しかったりもした。
そろそろ大学受験などもあったりで、ちょっと間が開いた後に来た時、たぶんあの時だと思うのだけど、やすしさんはすっかりレゲエに行ってしまっていた。
ジミー・クリフのタダ券を貰って何となく行ったらハマった。と言っていたような記憶がある。
その頃からちょっと雰囲気が変わってきた。
ある時、呑んで夜中に行ったら(もう大学生になっていた)、オーナーの方に相当叱られていた。やすしさんは何に酔っていいたのかわからないが、ボロボロの状態だった。舌も回っていなかった。
当時のオーナーさんは(今はどうなのか?)、中野の「四季」という店のママさんだったと記憶している。
マスターとしてしっかりしなきゃいけないのに、連夜にわたる酔っぱらいの体たらく、オーナーさんにひどく叱られ続けている姿、今も忘れない。
私の記憶が正しければ、その日を最後にやすしさんは店を去ったと思う。

勅使河原靖。
記憶が間違いなければ、これが彼の本名。
あの夜を最後に彼と会うことは無かった。
ボクをブルース漬けにした大恩人である。

キャデラックへ通っていた頃、やすしさんは「ナミさん」という方の話をよくしていた。
すぐに「ナミさん」は「南正人さん」であることが分かった。
店で1度だけお会いしたことがある。
ライブだったのか?
単に呑みに来ただけだったのか?
何を喋ったかも覚えていないけど、隣に座ってしばらく話をしていた。
私は中学に入ったばかりの頃、1年間くらいフォークをよく聴いていたので、もちろん南正人さんは知っていたし、隣に座って喋っていること自体が信じられない気分だった。



lownの2周年記念大会に話は戻ります。
エレベータから出た瞬間、そこに居たのは間違いなくあの「ナミさん」だったのです。
とても話しかけることなんてできません。
でも、ライブ後半、酔った勢いで話かけてみました。

あの・・・阿佐ヶ谷のキャデラックベイビーって覚えてますか?
もちろんだよ!やすしとかね!
ああ!感激である。ちょっと昔話をしてもらい、
そういえば、やすしどうしてるんでしょうね~



ほんの一瞬間があいて

死んだよ。
もう10年、いやもっと前、20年は経つかな。

なんとか平静を装って会話が続いたが、あとでジワっときてしまい、ちょっと視界が霞んでしまいました。
なんだか懐かしい宝物が弾けて飛んで行ってしまったよう。

やすし!
今さらで申し訳ないけど、ご冥福をお祈りします。



でも気を取り直して記念撮影。
南正人さん、店主吉田達二さん、最前列は70年代にナミさんのバックで弾いていた古田勘一さん。

ちなみに、ナミさんは「もう70歳なんだよ」とのこと。
でも、まだまだ元気です。

生きててなんぼのものですからね。

ちょっと湿っぽい話になってしまいましたが、lown2周年おめでとうございます。
これからも宜しくお願いしますね!