うわー!もう11月だ~!
また後手後手になってもうた~!
今月のライブ告知でございます。。。

今月は公のライブ(笑)が2本。
そして身内っぽい宴会的ライブが1本。
そして非公式ライブが1本。
今月は売れっ子です!

非公式ライブっつうのは、R-50 BLUES PROJECTの澤野くんの会社(なんと彼は社長であったのだ~)の20周年イベント。
こいつはR-50 B.P.で30分くらい、軽く演らせていただき、あとはおそらく呑み放題であると思われるアルコール類に浸ること間違いなしであります。
しかし、ブルースなんて受けるのかね~。
業種はアパレルですっ。




11月10日(金)
OPEN 18:45 / START 19:30
「若山光一郎 還暦ライブ」

¥3,500 (呑み放題&食べ放題)※要予約

@鳥和可(中央区日本橋本町4丁目2−11)



この10月で還暦に突入した、ウシャコダのオリジナルメンバー、若山光一郎氏の祝賀会です。
実は誕生日直前の10月20日に予定していたのですが、まさかの主役急病のため中止!!
今回はリベンジであります。

当日、店主の若山氏は厨房には入りません(なんと!)。
ピアノ弾きまくりです。
食べ物等は、店舗裏の建築設計事務所を営んでおります奥方が仕切ります。
当然、焼き鳥は出ませんので、どうしてもという方は近所の「串八珍」にて購入~持込でお願いします、はい。
おそらく通常の鳥和可よりメニューは豊富なはず(笑)
鳥和可の店舗を借りたパーティみたいなもんですね。

ギター弾き、鍵盤弾き、歌い手さんなどいらっしゃいましたら、どんどん演らせちゃいますので、ぜひ楽しんでって下さい!!

あ、ご予約はお店、また私にご連絡頂ければ(Facebook、または当ページ右のサイドメニュー下部の”Cntact Me”から)。



11月15日(水)
OPEN 19:30 / START 20:00
「THE NG’s 結成10周年記念興行!」
¥2,000 (食べ物持込OK) + ドリンクオーダー
@東中野 music shed YES !(中野区東中野1丁目56−8)※東中野駅前
スペシャルゲスト:石川二三夫 (vcl,hrp)



なんだかんだでNG’sは10年もやっていました。
というか、2007年結成ですので実は11年目突入なのです。
私は1986年くらいからギターはケースにしまいっぱなしでしたので、実に20年ぶりのバンドだったのですね~
嗚呼、あの頃はギター弾くと指が痛かったなぁ~
一時は年間10本もライブやってたりしましたが(2010年頃かな)、最近トーンダウン気味。
年に1,2回になってしまいました。
ここは久々の2ステージワンマンショーです。
で、ゲストに私とは40年近い付き合いになりますが、石川二三夫さんを!!
彼も今年の暮れで還暦ですね(笑)
ハモニカ吹き、昔にくらべ今はたくさんの皆さんがやっていますが、二三夫ちゃんのハープはサイコーです!
絶対に引き込まれます!!
NG’sが足を引っ張る可能性大ではありますが(涙)、ぜひぜひご来場お願いします。
東中野のYESというお店、私は初めてですがメチャクチャ駅チカです。
平日の夜ですが(あ、オレ、会社午後から休まないと~!)皆さまのご来場をお待ちしております!!




11月26日(日)
OPEN 19:00 / START 19:30
「LINDY HOP リユニオンライブ(神東正典参上!)」
¥2,000 + オーダー
@中野 BRIGHT BROWN(中野区中野5-59-9湯澤第二ビル2F)※中野駅北口徒歩2分

1部:セクスィー高村 & R-50 BLUES PROJECT
2部:LINDY HOP (マイナス1)




” LINDY HOP ” 32年振りのリユニオンライブです。
残念ながらピアノ弾きは当日東京におりませんので、マイナス1です。



1983年から約2年ほど活動していたバンドのリユニオンライブです。
バンド名に偽りありで、ブルースバンドです(笑)
当時、ジャンプやジャイブは今ほど市民権を得ておらず(まぁ今でもですが)単純に名前のカッコよさと響きでバンド名にしてしまいましたが、どこからもクレームは来ませんでした(笑)
当時、私の周りにはスリム・ゲイラードのディスコグラフィー作った知人等々、好き者がたくさんいましたが、このバンド内には愛好家がいなかったので、LINDY HOPというバンド名にしても「ん?それなに?」程度で、バンド内部からもクレームは出なかったような気がします(笑)

メンバーは上記フライヤーの4名プラス、まだ無名だった(笑)早崎詩生。
(彼は今回は当日東京にいないので不在でございます)

ちなみに私は、このバンド最後のライブ(1985年12月かな?)を最後に、20年のツチノコ生活に入るわけです。。。。。




これは1983年9月のデビューライブのフライヤーです。
今と違ってフライヤーが簡単にできない時代、
デザインはちゃんとLINDY HOP踊ってますな(笑)

吉祥寺の曼荼羅。MANDARA-Ⅱではありません。
昔の曼荼羅はブルースライブが豊富でした。

対バンは、これも懐かしい初代トマトス。
松竹谷清さんの他には小出斉さん、ベースに今は亡き松井仁さん、ドラムは横銭さんでしたね~。

リユニオン、最初で最後かもしれません!
必見ですよ!!
宜しくお願いしますっ!!!



先日、徳島から旧友、神東正典氏が仕事で上京した。
彼は鳴門市、金刀比羅神社の宮司である。
若い時は東京でB級ブルースバンド業界のドン(笑)として知られていた。
彼の主催した「ブルースが街にやってくる」(通称「ブル街」)シリーズは東京のブルースバンドが数バンド集まり、ここで横のつながりも発展した。
当時、彼が長くやっていたCALDONIAというバンド(ここには”スーパーハープ島田”という超絶ハーピストがいた)と私がやっていたLITTLE BOY BLUE(小安田憲司、松井仁、岡地曙裕)というバンドが時を同じくして解散したので、その後一緒にバンドをやることになった。
1983年くらいだったか?

で、そこで始めたのが”LINDY HOP”というバンド。
たぶんバンド名は当時JUMPやJIVEをバリバリ聴いていた私が付けたと思う。
でも、演奏内容はほぼブルース(笑)
メンバーは神東氏、私の他に佐藤浩人(gtr)、早崎詩生(pf)、立松裕之(ds)である。
吉祥寺の曼荼羅をホームグラウンドにしていたはず(MANDARA2はまだ無かった時代)。
アンプ等の機材も車で持ち込んでた時代・・・。




19830928
おお、これは記念すべきデビューライブのフライヤー。

対バンはTOMATOESじゃなくて、本当のスペルは”TOMATOS”。
清のセンスも凄い(笑)


で、今回は LINDY HOP全員が中野のブライトブラウンに集まったわけでございます。
皆、ちびちび呑みながら神東氏の登場を待ちわびていると、お!ドアが開いた!
あ、あれ?違う。
既にワイン3本呑み明かした酔っ払いの吾妻光良氏でありました。
会社の役員仲間さんとご一緒とのこと。
4本目注文されました。。。。
明日は役員会とのことですが、果たして(-_-;)




そうこうしているうちに主役の神東氏も到着、なごやかな宴席。

いや、ワイン4本目の方はやや酩酊気味で手先もおぼつかない状況。




ま、クリスマスも近いっつうことで、Merry Christmas Babyの合唱後の姿。




そして、なぜか記念撮影(笑)
あ、一般の方はモザイク入れました。すんません。



で、酔っ払いは帰りましたので、この日ライブが入っていないお店で軽く3曲。
いやあ、30年ぶりとはいえ、全然違和感ないのが凄いもんです。
来年は、ちゃんとライブやりますかね。

私も佐藤氏も今年は緊急入院しましたが、神東氏も1か月ほど入院されたそう。
早崎くんも身体がボロボロですので、そろそろリユニオンやらないといけませんな。


19840212_manndara
ちなみに当時のフライヤーをもう一枚。

この時はゲストに吾妻さん、石川二三夫氏、町田謙介氏。

対バンに”吾妻光良&CHICKEN SINK”という幻のバンド。

私はこちらのバンドでもギターを担当しましたが、このバンドに関してのコメントは墓場まで持って行かなければならないかもしれません・・・。




先月、誕生日を迎え良く考えたら、もう還暦まであと3年じゃないか!と今更ながら思う訳です。
そして、昔からの仲間、友人、知人たちが、もう還暦間近とか還暦おめでとう、なんて話がわんさかとあったりして、嗚呼やはり本当なんだと思わずくよくよする今日この頃であります。
もう人生下り坂ですので、元気なうちにバンドに勤しみ、やれることはやっておいた方が悔いなし!と思う訳であります。

会社人生も、もう30年くらいなのだけど、それはそれ。
やはり若い時の音楽仲間に会う時間を作るのが大切。

で、今回は東横線の学芸大駅へ遠征しました。




6月9日、下準備済みで場所も把握済み。
学芸大駅から5分も歩きません。

牛タンの店です。
高級です!
ちょっと私には似合いません。



近場で再アップ画像。

ちょっと一見では入れなさそうな小さな居酒屋風情。
絶対に中はカウンターしかなさそうな。
しかし、事前に予約済みです。
根回しだけは得意です(笑)
「お邪魔しまーす」



やはり店内はカウンターのみの10人も入れるかどうか。
既に6人いらっしゃいましたので、席はこれでいっぱいの感じ。
マスター一人で切り盛りされております。
お酒の品揃いは大したもの、たまたまカウンター上の焼酎「佐藤」黒・白・麦。
料理も牛タンだけではなく、居酒屋風な品揃えも。




ふと後ろの壁を見ると、おお!年季の入ったポスターが!!

O.V.Wright & Little Eddie Wrightだ!
おおおおっ!Magic Sam & Shaky Jakeもっ!!

や、やはり、ここは彼の店に違いない!




カウンター側の壁にはCarter Brothers!
レーベルまでよく見えないが、壁には7インチ盤も数枚飾ってある。

そ、そしてこの横顔は!!
ま、まぁ入った瞬間に顔を見て間違いないと確信はしたのですが(笑)




牛タンのお店なので「炭焼き牛タン」をオーダー。

おお、旨いね!
下味も良い感じで、お酒もご飯も進みそう。

牛タンなんて久しぶりだし(笑)




これがマスターお奨め一品「ゆでたん」。
おお、とろけますねぇ。

他のお客さんが頼んでいた、タンシチューや馬刺しも旨そう。
次回かな。



そんなこんなで、お客様も2組帰られひと息ついた感じなので、ここはチャンスとばかりに

「あ、マスター。私ね。その昔、居酒屋で『つまみのお新香が少ない』と言って、カウンターの上で素っ裸になって踊っちゃった平尾雅和って人、知ってるんですが」
「え、ええ~!?」

いや、今回は居酒屋で裸踊りをしたことで有名な人を探しに来たわけはありません(笑)



ここで暫し回顧録を。

30年以上前のことです。
現在の「BLUES & SOUL RECORDS」誌の前身とも言える「THE BLUES」誌が「BLACK MUSIC REVUE」誌に衣替えした頃の、ブルース・インターアクション社にいた平尾雅和さん発掘の巻、なのであります。

当時、私は小安田憲司さん、岡地曙裕さん、松井仁さん(故人)、と LITTLE BOY BLUE というB級ブルースバンド(笑)をやっていました。
で、今は亡き下北沢の「スーパーマーケット」というライブハウス(永井隆&ブルーヘブンとブレイクダウンがライブレコーディングした所)で催された “We Must Play The BLUES” という企画ライブに出たのですが、その時のレポートをBLACK MUSIC REVUE誌に書いたのが平尾さんでした。

確かその頃に 永井隆&ブルーヘブン のマネージャーをやっていた(昨年亡くなった正井芳幸さんと一緒に)中根義之さんが取り仕切っていたような気が。
これがご縁で、その後に何回か下北沢スーパーマーケットには出演させていただきました。

で、話は平尾さんに戻りますが、当時のブルースインターアクションズは、日暮泰文さんや高地明さんといった大御所がいて、平尾さんは見事ないじられキャラ。
ひょうひょうとした態度に朴訥な喋り。そして髪型は白菜みたいな(笑)、ん~なんて言うんだろ、刈り上げで毛が逆立ってるような。
わたしは今でもStuff Smithの”Sam The Vegetable Man”を聴くと、彼の事を思い出すのであります。

で、年齢も近いので「平尾クン、平尾クン」なんて、気やすく呼んでいたわけです。
このお店では「マスター!」と呼ばれてましたので、「平尾クンなんて呼ばれるの久しぶりだ」と笑っておりました。

彼はその後、アルバムジャケットのデザインなどを40歳頃まで続け(と言ってもデザインの仕事の中の一割程度だったとか)、突如牛タン屋のオヤジとしてデビューしたそうです。
そして今では隠れた牛タンの名店に!!




恒例の記念撮影です。

30年の時を経て!




「そう、あの時はねぇ~」
居酒屋裸踊り事件について語る、平尾容疑者(笑)

お新香が少なくて暴れた、というのは尾ひれ(高地さん→吾妻さん?)らしいですが、裸になって踊ったのは事実らしいです(笑)

舌雅 (たんまさ)
東京都目黒区鷹番3-19-11 (18:00-24:00)日曜休業
03-5704-8262
(電話予約されることをお奨めします)




で、ここからはおまけです。

1982年のブラックミュージックレビュー誌(NO.58)を引っ張り出しました。

表紙はジミー・ジョンソンですね。
1975年、オーティス・ラッシュ初来日のバックでの悪印象が40年経っても抜けきらない狭量な私です(-_-;)




これが例の記事。

6ページにわたる大作です!




懐かしい写真です。
左から、わたし、岡地氏、松井氏、小安田氏。

右の写真は CALDONIA のスーパーハープ島田さんですねぇ~




おまけのおまけ

同誌をパラパラとめくっていたら、吾妻さんの連載物”BLUES IS MY BUSINESS”の内容が「ブルースグッズ」。
当時、ブルースTシャツ着用の第一人者(笑)であった私の話が載っていました!

あの頃は「プレイヤー」誌も含め、よく飲み屋で原稿ネタに協力したものだったなぁ~

で、今回のブログはFACEBOOKをやっていない吾妻さんに捧げましたっ!


31
8月

Profile

   Posted by: Masazumi Ito in

1959年5月15日
東京都世田谷区に生まれる。
この週のBillboardチャートNo.1は “Kansas City / Wilbert Harrison”であった。
1962年頃
「おかあさんといっしょ」の「ブーフーウー」に釘づけになる。
1963年頃
「エイトマン」が未消化の食べ物が入ったビニール袋を、お腹を開けて取り出す姿に衝撃を受ける。
1964年頃
「てなもんや三度笠」の白木みのるに衝撃を受ける。
”あったり前田のクラッカー!!”
1964年4月
東京都北多摩郡清瀬町(現東京都清瀬市)へ転居する。
力道山が死んだ4か月後、東京オリンピックの半年前のこと。
1997年まで、ここで過ごす。後に「清瀬の爆弾男」と呼ばれるとは・・・
命名者はA妻光良氏だったかO地曙裕氏だったか、記憶がない。
1967年頃
「ザ・タイガース」に衝撃を受ける。
親類のお姉さんが、よく立川のゴーゴークラブに観に行ってるのが羨ましかった時代。
1969年頃
「フリッツ・フォン・エリック」のアイアン・クローに衝撃を受ける。
月曜夜8時からは「NET日本プロレス中継」(NET=現テレビ朝日)
水曜夜7時からは「国際プロレス中継」(TBS)
金曜夜8時からは「日本プロレス中継」(日本テレビ)
土曜夜8時からは「プロレスアワー」(東京12チャンネル=現テレビ東京)
それ以外は「プロレス&ボクシング誌」「ゴング誌」「別冊ゴング誌」の読書でプロレス漬の毎日を過ごす。
1971年頃
「11PM」に凝る。
1972年頃
中学1年生。日本のフォークに影響を受け、はじめて生ギターを入手する。
URCやらエレックレコードやら買い漁る。が、Fのコードが押さえられない。
1972年暮頃
「成毛滋氏」の「日本人総リズム音痴論」に衝撃を受ける。
1973年頃
成毛氏の文中に出てくるCREAMの「Crossroads」を初めて聞き、ショックを受ける。
あっさりフォークを捨てて、ブリティッシュブルースロックの道へ。
以後3年間ほど、日本の音楽を毛嫌いする。
(日本の音楽を聴いているとリズム音痴になる、という説だった)
エレキ・ギターを購入する(ギャランの335モデル。チェリーレッド。値引き後、金¥28,000円也)
335モデルを選んだのは、まだまだブルースの影響ではなく、ウッドストックのアルヴィン・リー。それと、周りが皆レスポールとストラトだったから。要はアマノジャク。
1974年
「エリック・クラプトン」の初来日公演。生「Layla」に涙する。
この頃、初パーマをかける。
剃り込みはかなりの面積を占める。
こういう中学校でありました。。。
初バンド「BLUES POWER」結成。Cream のコピーをする。
中学卒業コンサート出演するも、演奏者の意図に反して何故か笑いを取る。
ベースのWくんのダミ声のボーカルが原因。
1975年3月
中学卒業を前にして観た初来日の「バディ・ガイ」。生の「First Time I Met The Blues」にぶっ飛ぶ。
7月、高校1年夏休みの初日に「オーティス・ラッシュ」初来日公演。生の「Gambler’s Blues」に再度ぶっ飛ぶ。
以降、BLUES〜BLACK MUSIC全般に浸り続ける人生。
初ブルース・バンド、「STONE CRAZY BLUES BAND」結成。メンバーを代えながら1979年まで続く。
1976年頃
授業を抜け出し、阿佐ヶ谷の「CADILLAC BABY」というブルース喫茶に通いはじめる。
マスターの「勅使河原靖」氏に、「バンドやるならコレを聞け!」と言われたのが「Chicago Boogie」と「Raw Unpoluted Soul / Willie Williams」。
1977年頃
大学受験を目前にした10月頃、都立清瀬高校3年7組でバンド結成。バンド名「BOBO & BRAZILS」。フォーク・ギターしか弾けない大江公一氏をベースに強制起用。
以後、音楽に目覚めた彼は大学受験を失敗し、人生設計が狂う。
1978年頃
一浪の大江公一氏を尻目に、亜細亜大学入学。音楽サークルに入部(1年先輩に「グレート義太夫」氏)するも体質にあわず、1年で脱会。
鈴木さん、いや義太夫さんは怖い先輩役を演じてました(笑)
大学に入ればブルースが出来ると思ったが、このサークルはかなりの体育会系で、校外のブルース好きと接点を持つ暇さえなかった。
サークル時代のバンド名は「SOUTHBOUND」。とりあえずサザンロックで暫くお茶を濁してみたが、長続きはしなかった。
「GIBSON ES-335」購入。御茶ノ水・下倉楽器にて店員の渡辺さんを拝み倒して230,000円也。

1979年頃
STONE CRAZY BLUES BAND」でライブ活動開始。初ライブは、上福岡「のらろば」。11月解散。
当時「永井隆とブルーへブン」にいた「吾妻光良」氏と知り合い、彼の後輩「小安田憲司」氏を紹介され新バンド結成に向ける。
何とか大学に入れた大江公一氏が作ったサークル「日本大学ミュージック&レジャー」に準会員として参加。ここでのバンドは、活動不定期、メンバー不定の「ショーチュー伊藤・ブルースバンド」。
とりあえず、酒の席には欠かせない悪名高い存在となる。
1980年頃
小安田氏の他に、東大の奇人「松井仁」氏、浜田山の鋼鉄の胃袋「岡地明」氏(後の「BO GUMBOS岡地曙裕)を加え「LITTLE BOY BLUE」結成。
「東京で一番でかい(音が)ブルースバンド」の異名を取り、都内ライブ・ハウスに多数出演するも、下北沢のナイトクラブ「STOMP」にて、「シーナ」氏に「ダッサイ、バンド名!」と罵られる。
次第に練習時間より飲んでいる時間のほうが多いバンドとなる。
河口湖にて、「早稲田大学ロッククライミング」サークルの合宿に参加。泥酔し従業員の便所に籠城しているところを、吾妻氏小出斉氏・小安田氏・岡地氏らに取り押さえられる。
前夜、消息不明となった「人見元基」氏とともに「河口湖の2大酔払い男」と呼ばれる。12年後、この時の一部始終は「組曲・いとうクンの唄」として結婚式二次会にて発表される。
日大「M&L」同様、早大の「ロッククライミング」にも準会員扱いで出入りするが、岡地氏の話では1回しか会費を払っていないという情報もある。
1981年頃
西荻窪「Tia Juana」のマスター、石田秀明氏と知り合う。「Cab Calloway」、「Louis Jordan」、「Slim Gaillord」等々、JIVEモノやJUMPモノを聴きまくり、JUJU MUSICやリンガラミュージックまで手を広げる。
今度は日大「M&L」の河口湖合宿に参加。後輩の頭、顔にマヨネーズ、ねり歯磨きを塗りたくったまま「急性アル中」にて病院送りにする。
少し反省する。
1982年頃
LITTLE BOY BLUE」解散。小安田氏が「父がもう長くないらしい」という嘘の常套句に引っ掛かり兵庫へ帰省したため(ちなみに彼は1年後に愛器ES345を抱え、東京へ家出して来る)。
同時期に解散した「CALDONIA」の神東正典氏、立松裕之氏、「CASEY JONES BLUES BAND」の佐藤浩人氏、どこのバンドにいたか忘れた早崎詩生(現スインギング・バッパーズ)氏と新バンド結成。
バンド名「LINDY HOP」。吉祥寺の「曼荼羅」をベースにライブ活動を始める。
1983年頃
吾妻光良氏がサックスを吹くバンド「CHICKEN SINK」結成。早稲田祭で全員パジャマ姿でデビューするも、ライブ数回で沈没。 吾妻光良、人生最大の汚点バンド。
1985年頃
LINDY HOP」自然消滅。
某運送会社に勤めはじめ、音楽界から足を洗う。
1992年
結婚式二次会パーティ、吉祥寺「のろ」にて開催。再発見され、久々の人前での演奏。
来ていただいたミュージシャンの皆様(敬称略50音順)吾妻光良石川二三夫岡地曙裕、神東正典、KYON小出斉、小町正明、小安田憲司、佐藤浩人、田村光太郎(故人)、戸田龍一、西川文二早崎詩生、堀江浩之助、牧裕町田謙介LEO、その他多数。
すっかり衰えたギターの腕に落ち込み、再度音楽界から離れる。
1997年12月
東京都保谷市(現西東京市)に転居する。
レコードとプロレスの雑誌が引越荷物の大半を占める。
1997年〜2006年
会社にて労組中央執行委員長を9年間務める。酒量衰えること知らず。夜の六本木、歌舞伎町、四谷三丁目、界隈で見受けられる。
2006年
何を思ったか、ギターを弾きだす。大江公一氏、太田浩一氏と再会しバンド勧誘される。
翌2007年、吉田尚人氏、斉藤智喜氏も加わり「THE NG’s」結成(結成当初名:Booker O & THE NG’s)。
リハビリに励む毎日。

そして2013年
LINDY HOP時代の盟友、佐藤浩人氏が7年間の名古屋単身赴任生活から東京に戻り、27年ぶりのブルースバンド結成。
その名も恥ずかしい セクスィー高村&R-50 BLUES PROJECT
佐藤浩人(vcl,gtr)、堀田俊一(vcl,gtr)、NICK澤野(vcl,hrp)、高村”セクスィー”和俊(bass)、マディフェイス大橋(drums)。

そしてそして、30年来の夢だったニューオリンズ・バンドも結成!
この名も恥ずかしい Berry伊藤 & DEW DROPPERS
若山光一郎(pf)、伊藤”Barry”雅之(baritone sax)、小町正明(bass)、岡地曙裕(drums)、LEO(vcl)。

今や、会社員は仮の姿状態・・・・・。



2015年
ライブ本数、年間20本を記録。
一部で「伊藤は生き急いでいるらしい」ともっぱらの噂。

2016年
夏の真っ盛り、人生初の入院~手術を経験、約1か月病院で涼しい夏を過ごす。
体重、63キロまで落ち、体力激減。退院4日目にライブ決行するも、チョーキングが全く上がらない・・・
それでもこの年のライブ本数は18本。

2017年
前年、あんな目に遭ったのに相変わらず365日アルコール三昧で復活!

2018年
暑い夏の日に、ひょんな飲み会から発生したセッションはバンドへ発展!
“OLD BLUES CIRCUS”
伊藤正純 (vcl, gtr) ex. LITTLE BOY BLUE
石川二三夫 (vcl, hrp) ex.JUKE
山室俊一 (vcl, gtr) ex.JUKE JOINT BLUES BAND
中村サトル (gtr) from ウシャコダ
若山光一郎 (pf) ex.ウシャコダ
森田恭一 (vcl, bass) ex.BREAKDOWN
大平幹久 (drm) ex.永井隆 & ブルーヘブン

私は最年少(笑)

2019年
5月15日、ついに還暦を迎えました。我ながら信じられないが本当だ。
1か月後に高円寺JIROKICHIで還暦ライブ開催!
OLD BLUES CICUSは順調にライブを重ね、9月には名古屋・京都の弾丸ツアーも敢行!
(Open House~拾得)
ちなみに会社は定年延長になったので、まだまだサラリーマン生活は続く・・・。



My Blog : Two Steps From The Blues


30
1月

Berry 伊藤 & Dew Droppers 登場!!

   Posted by: Masazumi Ito in Dew Droppers, Live Schedule

時の経つのは早いもの。
20年間の音楽履歴の消滅期間を経て今があるわけですが、その引退(?)直前のバンド、結局数回(3回くらいか?)のスタジオリハを行っただけでバンド名も付かないままに終わったグループがありました。
それまで、ずっとブルースバンド一色だったのですが、ニューオリンズものが演りたくて演りたくてメンバーを集めたバンドでした。
今は亡き松井仁さんをベースに、早崎詩生さん(ピアノ)、立松裕之さん(ドラム)の布陣。
結局、わたしの仕事が忙しくなったりして自然消滅。
その後の私はすっかり音楽と疎遠になったのであります。
数年前にリハビリを始めた時に、あわよくばいつかはニューオリンズものを演りたいなぁ~などと常々思っていたのですが・・・・。

ついに始めましたよ。。。。

いくら昔の仲間と言っても、わたしなんぞより遥かに素晴らしいキャリアと実力を持ち、しかも多忙な皆さんが集まってくれました。

去年の春頃から、忘れた頃にスタジオに入り、
「あれ?前回イントロどうだったっけ?」
「エンディングはブレイクだったか~?」
「ここのコードは7thか?diminishか?」
終いには
「キーはなんだーーっ!!??」
「歌詞わすれてる~~っ!」
「もう呑みにいこうよぉ」
という具合に遅々として進んでおりましたが、ついにデビューライブが決定です!




さて、バンド名ですね。
“Dew Droppers”です!
そう、ニューオリンズに(今はもうありませんが)Dew Drop Inn という、ホテル?バー?ライブハウス?というものがありました。

「露の雫たち」、おお、なかなか粋です。
スワンプの湿地帯を想像させます。
ドロドロしてます(笑)




ちなみに命名者は、御大吾妻光良さまでございます。
ちょうど I hear you knockin’ という、ニューオリンズものの原書を読解されていたので、
「なんかニューオリンズを思い起こさせるバンド名ないですかね~?」
と尋ねたところ、
某イベントの会場にて、何かのフライヤーの裏にこのようなメモを書きを渡されたのでありました。

そしてあるミーティングで、これはバンマスの名前を入れなあかんやろ!という話になり・・・

話は前後しますが、当バンドに伊藤姓が2名おりまして、「伊藤!」と呼ぶと2人が振り向く、という事態に某LEOさまが「べりべり弾くベリー伊藤、ばりばり吹くバリー伊藤!」と勝手に命名されまして、このバンドでは「べりさん、ばりさん」が通称となっております。
てなことで、「Berry伊藤 & Dew Droppers」というバンドが誕生したわけでございます。




それではまず自己紹介。

伊藤 “BERRY” 正純 (vcl & gtr )

いちおうバンマスです。
最近、私のまわりではバンマスにセカンドネームを付けることが流行っております。
まさか、自分にまわってくるとは・・・・

このバンドを始めるにあたり、ギターをランクアップさせました。
もう後には引けない状況を作っております。

がんばりますっ!!


若山光一郎 (pf)

千葉県人で知らぬ者はいない!と言われた “ウシャコダ“のオリジナルメンバーです。
イーストウエストでベストキーボードプレイヤーを受賞したのは何十年前のことでしたっけ~

そして、このブログの読者なら、日本橋本町の不思議な焼き鳥屋「鳥和可」の店主として知られているはず(笑)
現在、お店は新築中につき、裏の仮店舗で営業中ですっ。

ホントに久々のバンドカムバックです。
日頃から店内で弾きまくっていますので、その腕は向上の一途!



伊藤 “BARRY” 雅之 (bsax & cl)

学生時代によく行ってた早稲田の”ロッククライミング”(サークル)のお隣さん”SWING”のOBです。
当時からの友人、現在大阪在住のトランペッター、松ぶー氏に紹介してもらいました。

常日頃、あちこちのセッションを荒らしまわっているという噂も。。。
当バンド唯一人の音楽理論の良心であります(笑)

彼のバンド、SOULGUN もヨロシクー!


小町正明 (ba)

言わずとしれた日本最古のブルースバンド “ローラーコースター“のベースマンです。
その昔は、R&B~SOULバンドのベーシスト、というか女性ボーカル好きのベーシストとして有名でした。
そして酒呑みのベーシストとしても相当有名(笑)
この人と二人で呑むと、たいてい悲惨な結末を迎えます。。。。

さて、当バンドのステージ衣装は「アロハ禁止令」。
小町さん、果たしてどう出るか~


岡地曙裕 (ds & per)

お世辞抜きに日本で一番好きなドラマーですっ!
一見、そのパワーに焦点があたりがちですが、歌い手やソロイストがとても気持ちよくなれるドラムを叩いてくれるのです。

30数年前に初めてバンドを一緒にやった時、かけもちバンド数20超えという驚異の人でした。
その後、”ブレイクダウン“、”ボ・ガンボス“、等々で素晴らしいドラムを披露、長年”吾妻光良&スウィンギンバッパーズ“でもおなじみですね。

昔からプロレスやB級映画の話をしながら(あ、もちろん音楽の話も)ダラダラ朝まで一緒に呑むのが好きな方です(笑)
あ、当バンド、リハ後の反省会は、たくさんダラダラ延々と呑む「おかち・こまち・いとうトリオ」がいるため翌日仕事がある日は少々危険であります。


LEO (vcl)

その昔、「ツチノコ」と呼ばれていました。
「高田馬場あたりに凄い女性ソウルボーカルがいるらしいぞ」
「おお!一度聴いてみたいものだ」
という会話が頻繁に聞かれたものです(笑)
まだまだライブ数も少なかった頃、私の車で京都磔磔ツアーなんてやりましたなぁ~(懐)

いまや、日本を代表するソウル、R&Bシンガ―です。
最近、そうとう忙しいようで自らのバンドもなかなか活動できないところを引っ張り出してしまいました。またツチノコにならないように~

見かけによらず、酒は一切受け付けません。
ただ、プロレスは好きです(関係ないか・・・)。



さあ!告知です!!
デビューライブです。
荻窪ROOSTER本店
2月1日(土曜)20:00スタートです。(開場19時)

いろいろ趣向を凝らした楽しめるライブです!

ぜひぜひ、ご来場くださーい!!!

(ちなみにこのフライヤーは旧友町田謙介さんの作品です)


まずは4年前の当ブログをご覧頂くと良いかもしれません。
2009年7月6日のブログ
2009年7月7日のブログ
2009年7月9日のブログ
2009年7月13日のブログ
2009年7月15日のブログ
2009年7月17日のブログ
2009年7月21日のブログ
2009年7月22日のブログ
2009年7月23日のブログ
ああ、あれから4年。もう松井仁さんの七回忌になってしまいました。
早いものです・・・。
やはり、ここはひとつ何か企てるべきであろうか。と考えつつも時間が経つのは早く、しかし今回はちょっと地味ながらも企画を立てたのでありました。
相談に乗っていただき、なおかつ企画にご協力いただいた岡地曙裕さん、LEOさん、吾妻光良さん。そして今回もわがままな企画に快くお店を提供していただいたSueさんご夫妻。本当にありがとうございました。



さて、日曜開催ということで翌日が仕事の人も多いわけで、17時スタート~20時終了の計画。
大人のサラリーマンにも優しい集いであります。

まずは16時より首謀者会議。
あ、一人足りませんね。
そう、岡地さんは福島大雪のために自宅遭難者状態となり、泣く泣くの欠席となったのでありました。
自然って怖いですねぇ~



前回同様、写真を壁にセット。

松井仁七回忌大宴会の準備万端!



Sueさん、美紀ちゃん、いつもありがとうございます。
あ、そう言えば1月もありますね。

法事といえばブライトブラウン・・・・(笑)



写真にボカシ入れましたが、奈良からYちゃん来てくれました!!案の定ステージ開始直前に帰りましたが(笑)
そして長女のKちゃんも!ベースを弾くお父さんの姿を初めて観たとか!!(幕間にプロジェクターで25年以上前のチャペルズの映像を流しました)
ちなみにその映像ですが、LEOさんは聖子ちゃんカット、若山さんはジャニーズ。。。。
時代の流れを感じさせますっ!!



定刻も過ぎましたので、不詳いや不肖わたくしめが開会の辞と献杯の音頭を。

突然のお報せと、師走の忙しい時期ということで、参加者もいろいろ変わってしまいましたので、吾妻さんに肩を叩かれた人が次のセットに出るという、まさにハンカチ落としスタイルセッションと相成りました。



それでは第1セットです。
献杯の流れで私の歌から。
生前の仁が歌っていた”Goin’ to the river”。
ちなみに私の弾いているギターはYちゃんから借り受けた、仁の Fender Duo-SonicⅡ(1965)。

左から敬称略で、小町正明、伊藤正純、湯川治往、澤野直樹、若山光一郎。



登場人物が多いので単独写真はやめようと思ったのですが、この人は特別に。
吾妻トリオ+1などでパーカス姿は良く見られていますが、ドラム姿はなかなか拝めませんので(笑)
そして、今回はドラマーが少ない事情もあり、活躍していただいた湯川さんです。
皆さん、HOT RIVER RECORDS 買ってあげてくださいね~!




そして、伊藤セットの中盤は澤野くんが歌います。




そしてそして後半は、「中村橋の歌姫」LEOさんの登場です。

松井仁さんの会には欠かせないシンガーです。



そしてそしてそして、その最前列にて買い出しのレシートチェックする者あり。

えーとえーと、焼き鳥が20本に、鳥唐が・・・・。




気を取り直して(笑)第2部吾妻セットです。
左から敬称略で、高村セクスィー和俊、吾妻光良、立松裕之、柴田摂子、田波庸夫。

もうこりゃ異種格闘技の香りが~!




スマホを歌詞カード代わりにする荒技を披露する吾妻さん。

しかし、しばらく操作を怠ると画面が消えてしまうのであーる!!


“Mliky Mama”柴田摂っちゃんは、なんとエフェクターボードを持たずにやってきたのであった~!!



ミスターソウル玉、矢野間健登場!

異種格闘技路線、継続中!!



第3部、小出セットのはじまりはじまり。
左よりまたも敬称略で、小町正明、小出斉、立松裕之、石川二三夫、佐藤浩人、若山光一郎。

お、これはちょっと有りがちな図かもしれません(笑)




トリのセットはブライトブラウンにふさわしい、純ブルースの世界。



おおおおお!

若山さんの後ろから忍び寄る怪しい影が・・・・。



ラストの盛り上がり!

約1名、顔が壊れちゃってます。



そして、終わったと見せかけて(笑)LEOさん引っ張り出して大団円!!




無事終了の記念撮影!
当初の予定よりは押してしまいましたが、21時前には全撤収出来たと思います(既に呑みすぎで記憶なし)。
吾妻さんなんぞ、その後22時50分には就寝したぞ!なる自慢メールが入りましたが、約二名を除いて皆様無事に帰宅できたようで良かった良かった。
本当にお集まりできた皆様、おつかれさまでございました!
そして、今回もビデオを回してくれたtom斉藤さん、素晴らしい写真を撮ってくれたFujiyama Hirokoさん、ありがとうございました!


後日談
散開となったあとも私はグダグダとイトーハイ(烏龍茶の少ないウーロンハイ)を呑みながら酔っ払っていると、あらま!どうしたことでしょう!店内には小町さんしかいないではありませんかっ!という、まあ有りがちな話。
で、どうやら二人で帰ったらしいです(記憶なし)。お店の方の証言もありました。
たぶん同じ電車にのってるはずです(記憶なし)。
小町さんは自分の降りるべき二つ前の三鷹で何故だか降りたそうです。
私、たぶん一緒にいたんだと思いますが(記憶なし)
小町さん、すでにタクシー代もなく2駅ベース背負って歩いたそうです。
ご苦労様でしたm(_ _)m
私、三鷹の次で降りるわけですが気づくと2駅先の武蔵小金井にたたずんでおりました(やや記憶あり)。

思えば一年前にも南武線で同じような事件がありましたが、全く学習能力がない二人であります。
しかしながら、今回二人共なんとか無事帰宅できたのは松井仁さんのご加護があったからだと思い、また呑み続けることと思います。
皆様、年末年始の酒量にご注意して良いお年をお迎えくださいませ~

P.S.当日の写真、ビデオはだいぶ先になるかもしれませんが、出席の皆様にはご連絡させていただきますので、気長にお待ちください!

7月14日、中野ブライトブラウンで行われた “セクスィー高村 & R-50 BLUES PROJECT” のデビューライブは盛況のうちに終了いたしました。
皆様の暖かいご声援、ありがとうございました。
セクスィー高村に成り代わり厚く御礼申し上げますっ!

さて、当日の中野は「チャンプルーフェスタ2013」と重なり、街は琉球色。
ちょっと早く着いたのでサンプラザの前でオリオンビールを呑みながら、催しを見る。
と、思ったら突然の豪雨!
サンプラのヒサシに隠れて難を逃れたが、バケツをひっくり返したような大雨で動けない!
ああ・・・初っ端から遅刻です。




さて、1時間半のリハ枠を取ってもらいました。
ヤバそうなところを入念にチェック・・・・・。
たいてい本番になるとそんな思惑は木端微塵です。
初っ端からエンディングが違ってましたし(-_-;)
まぁ、素知らぬ顔をしてれば大抵はシラを切りとおせますが。

それでは、いつもお世話になっている”ブルース・フォトグラファー” Fujiyama Hiroko先生の写真をどうぞ!




これは貴重な!

ピアニスト、伊藤正純の写真はこれが最初で最後でしょう!




30年前に、こんなバンドもありましたな~

はたして、徳島からこのバンドのベーシストが飛んでくるでしょうかっ!?
ちなみに12月頃上陸との情報もありますが・・・・。




さあ!オープニング・セレモニー(?)

特別にMCは、やはり我々と同世代で当時あちこちのライブハウスで共に活動した店主Sue氏。




さぁ!19:30、試合開始ですっ!

第1部は “DOWNHOME SET”

オープニングはインストでスタートです。
1.Chicken Shack!




上手(かみて)の3名はステージ衣装のまま出勤されておりました。

いっつも赤い人は別格ですが。。。



下手(しもて)側は、ちょっとおしゃれ派?

バンマスの高村氏は、前日早朝から衣装に入念にアイロンがけしていたという情報も入っております。

わたし・・・といえば、珍しくあまり呑まずにスタート。

近年まれにみる、限りなくシラフに近い状態です(^^ゞ




最初のメインアクターは、リーダー佐藤浩人
サングラスで登場するも、すぐに老眼鏡に変更。

人間、無理はいけません。

ちょっとギターのポジションが上に上がったか??

2.Transom Blues
3.When Things Go Wrong
4.It’s a Brand New Boogie



NICK澤野

プリン体を摂取できない男。
実は今回のライブ写真で、かっこいいショットが一番多かった男。

悔しいから、これしか載せない(笑)

5.Black Night
6.Ooh Baby (Hold Me)
7.Spoonful
8.Chicago Bound



さて、休憩タイム。バック陣の紹介です!

本日のスペシャル・ゲスト。
いまや、日本のブルースピアニストの重鎮の一人に成り上がりました。
今回「孤高の天才ピアニスト」という看板付きを条件に参加して頂いた、早崎詩生

彼と私は、その昔LINDY HOPというバンドで一緒でしたが、某A妻M良氏がサックスを吹くバンド、といういのでも演っていたことがあります。
内緒ですが、かなり怖ろしいバンドでした。



マディフェイス”エロ翁”大橋
以前にも書きましたが、池袋のセクシーパブをこよなく愛す還暦超えです。

「夜はビンビンだぎゃあ!(尾張弁)」といつも説教されているのは佐藤浩人であったりもします。

好物は焼酎とタフマン。




そして、この人なくして、このバンドは成り立ちません。
高村”セクスィー”和俊

生まれてこのかた、自分の名前がバンド名になったことは無いと思います。
晴れの舞台、奥様と息子さんを招待しておりました。
泣ける家族愛です。

「明日の朝起きたら『セクスィー!』って耳元で呼んであげて下さいね」
と奥様にリクエストしておいたのですが、果たして実行されたでしょうか?




第2部、”URBAN SET” です。
配置換えしてスタート。

9.Instrumental (38 Woman)

しかし・・・ブルースバンドでギター3人というのは、なかなか大変です。
特にスローブルースになると、私はたいてい弾いているふりをして休んでいます。。。




堀田俊一
以前にも書きましたが、学生時代はLEOさんや今は亡き松井仁さんとバンドを組まれていました。
バンド内では「ドクター」と呼ばれていますが意味不明です。
本当は商社マンです。。。
アナログレコードを全てデジタル化してi-podに仕込んでいるという努力の人でもあります。

10.Just A Little Bit
11.Worried Life Blues
12.I’m Tore Down
13.Next Time You See Me




そして、2部の後半はわたくし伊藤正純でございます。

あ、写真が1部前半の写真ですが、まあいいでしょう。
音は出ませんし(笑)

14.Searchin’ For A woman
15.So Many Roads
16.Kansas City
17.Ain’t Nobody’s Business

全て30年前に歌っていた曲の焼き直しのみであります。




澤野選手、熱演です。



負けじと・・・

最近は音楽性よりパフォーマンス重視。




さて、なんとアンコールの声がかかってしまいました。

手拍子が鳴ったらすぐにステージに引き返す!
これ鉄則です。
余裕で待ってたらアンコールの拍手が消えてしまうこともあります。

18.Kiss Me Baby (Encore)

この同世代チームとしては、最後の一曲にSue~さんを入れなきゃまずいっしょ!




もう、誰も「鈴木くん!」と呼ぶ人はいません。

Brightbrownの主、Sue




佳境です!

演奏中に「イトーハイ」を注文する図。

注:イトーハイ = 中央線の一部のお店にある裏メニュー。
烏龍茶の少ない「ウーロンハイ」。別名「オカチハイ」でも通用する。



それでは最後に記念撮影。

R-50 BLUES PROJECT のデビュー戦は皆様の厚いご声援の中、無事終了いたしました。




おっと!

店主も入れてもう一枚!!

ご来場の皆様、ありがとうございました!


おまけ1

アイドル、セクスィー高村のモノクロポートレイト




おまけ2

Mr.早崎のセクスィーショット。




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