2008年6月の投稿

17
6月

歩く

   Posted by: Masazumi Ito   in Everyday I have the Blues (日記の項)

久々に会社ネタ。

今日は歩いた。
宝町〜日本橋〜浅草橋〜秋葉原。
取引先周り。
まあ、たいした距離ではないのだが。
スーツ着て汗をかく。

この2ヶ月、胃の痛い毎日だがもうちょっとで次のステージ。

正直言って、「会社行きたくない病」の毎日。
ご心配かけてスイマセン。
(んなら、書くなよ!って言われちゃいそうだが)

納得できる人生を送りたいよな。
とか、わけのわからんことを思いながら、前向きに生きてます。

しかしながら最近の不満は、いまだに順調に走ってくれない副都心線。
西武池袋線利用者としては、これだけは不満だらだらである。

いよいよ来週はディズニーランド(6/25)と飯田橋SpaceWith(6/28)のライブ2連発。
とは言いつつも、少々練習が不足気味で不安。
夜、地元の Studio Page さんを1時間抑えて個人練習した。
ギターはまだしも、歌は自宅じゃちょっと、いやかなりの近所迷惑。
伊藤さんとこの旦那さん、休みの日に家の中で吠えてるみたいよ、なんて噂にでもなったらたいへんだし。

20年以上もブランクがあるので、月に1〜2回のスタジオ入りでは全然間に合わない。
いわゆる「喉が開く」とでも言うのか、そんな状況にいち早く戻したいのだが・・・。

だいぶ慣れてきたのだが、まだまだ目いっぱい歌うと1時間で喉が死ぬ。
昔は「B♭」まで声が出たのだが、いまや安定して出せるのは「G」まで。「A♭」までもうちょいだ。
全体的に下がったのならキーを下げれば良いのだが、そうはうまくいかない。
高音はある程度の訓練で出せるようになるが(事実、1年半前までは「G」もかなり怪しかった)、低音はかなりの努力が必要だ。
結局は音域が狭まったということ。情けない・・・・・。
ホントはリハのない週は必ず個人練習しなきゃいけないんだろうが、そうもいかずおまけにギターの腕もなかなか戻らない。
復帰のころに比べればだいぶマシなんだろうが、現在第2のハードルに阻まれている最中。

日々精進ですな。

セルフタイマーで撮った写真。
眠そうだな。。。。。
さびしく独り唄う

先日、いつもの通勤に使う西武池袋線のひばりヶ丘駅で何気なくホーム表示を見上げると、「渋谷」という文字が紙で隠されているのを見つけた。
そうか、もうすぐ副都心線が開通なんだなあ、と思っていた。昨夜会社から帰りテレビをつけると「タモリ倶楽部」(最近、鉄ちゃんモノが多いね)で副都心線の試乗をやっていた。
そ、そうか、明日からか。

本日ひばりヶ丘駅にはしっかり「渋谷方面」の字がデビューしていた。

渋谷方面


で、どのくらい便利になったかと言うと、これが個人的には全く関係なく、池袋で丸の内線に乗り換える者としては逆に不便になったのでは???

確かに池袋を通る本数は変らないのだろうが、実は池袋駅が3つあるのだ
①西武線の終点としての池袋駅
②練馬から有楽町線に乗り入れて辿り着く、地下鉄の池袋駅。
③そして新たに、副都心線の池袋駅。これはいままで「新線池袋」と称していたやつだ。
(ついでに④として丸の内線の池袋駅)

ひばりヶ丘駅で①の切符を購入して、②(新木場行き)③(渋谷行き)の電車に乗ってしまった場合、練馬までに①へ行く電車に乗り換えなければならない。
②③の改札では小竹向原〜池袋の東京メトロの料金が発生するために精算する必要がある。
朝のラッシュ時に電車を乗り換えるのはけっこうエネルギー消費するよ。

定期の場合もややっこしい。
去年まで、有楽町線の辰巳まで通勤定期で通っていた。
①か②のどちらかの経由を選択しなければならない。
本当は、朝は急行に乗るので①経由、帰りはゆっくり座りたいので西武線直通の②経由で通いたかった。
でも、それはNGなのである。同じ池袋駅なのに・・・。

現在、丸の内線乗り換えで江戸川区のほうへ通勤している。
今回、③のホームは改札無しで④の丸の内線のホームへ入れるそうだ。
これはありかな、と思ったが、①と④の改札で出場・入場のシルシが付かないのでやはりNGの可能性が高い。

池袋へ行く場合、西武線の池袋駅で降りるのか、地下鉄の池袋駅で降りるのか、事前に決めなければいけない。
例えば渋谷へ行く場合、西武線の池袋でJR山手線に乗り換えるのか、渋谷乗り入れの地下鉄で行くのか決めなければならない。
その他諸々である。
そして、ルートを決めたらそのとおりの電車に乗る必要がある。たまたま来た電車じゃ駄目なのよ。乗ってもいいけど、練馬で乗り換えなきゃいけない。

私の場合、毎日乗っているのでこの複雑さが理解できているのだが、たまに乗った方などは「池袋に着く」ということだけに気をとられて改札で精算、なんてことは充分有り得るはず。何とか均一料金にならないですかねぇ。

とりあえず、バンドのリハの時だけは、スタジオ近くに出来た「北参道駅」へ乗り換え無しに行けるのが唯一の利点。
4年後に横浜まで直通で行けるようだが、それも年に1回使えば良いほうか。う〜〜〜ん・・・・・。

9
6月

どーん!!

   Posted by: Masazumi Ito   in Everyday I have the Blues (日記の項)

本日、昼休みも過ぎた頃に外で「どーーーんっ!!」という大きな音が。
ナンダナンダ!と席の後ろの窓から下を見下ろすと・・・・・。
ワゴン車が電柱に突っ込んでいた。

直線の一方通行。道幅も5mはあると思われるのに。
携帯メールでも見てたんだろうか?
きれいに突っ込んだもよう。

前がペシャンコで運転手さん必死に脱出。
もうちょっと強く当っていたら、と思うとぞっとする。
追突!


前輪は曲がったまま。自走不能。
エアバッグ開いてないなぁ。ついてない?
レッカー車やら何やらで、退去するまで3時間くらい。








で、後でその電柱を見たら、どうも右に傾いているような気がするのだが・・・・・・。


傾く?

7
6月

運動会に行く。

   Posted by: Masazumi Ito   in Everyday I have the Blues (日記の項)

会社のゴタゴタも回避されず、5月の後半からブログも少々停滞気味の今日この頃。

今日は長女の中学の運動会である。
その観客数と言えば、幼稚園→小学校→中学校 と段々減ってくる。
娘も「別に来なくてもいいよ」くらいの感じだし、そう言えば自分自身だって中学、高校の頃は運動会に親に来て欲しいなんて思わなかったかもしれない。
でも親としては行きたいもんなんですよ。

巷では、幼稚園、小学校の運動会の前日から陣取り合戦する輩もいると言うが、娘たちの通った(通っている)ところはその手の行為が禁止されていたりしていたので、それほど場所取りフィーバーはなかったが、30分前くらいには行かないとどうしようもない場所しか空いていないこともある。
それに比べて、中学はいいね。定刻の8時30分に行けばぜんぜん問題なし。

梅雨入りながらも天候に恵まれ、デジカメとビデオを持ったお父さんはすっかり日焼けしてしまった。
久々に一日中外にいると疲れること疲れること・・・。


運動会


そして、夜は6/25のディズニーランドへ向けてNG’sのリハ。
疲れてる上に、さらにハードなスケジュール。
他のメンバーも忙しく、恒例、リハ後の代々木駅前「つちや」での反省会も4名のみの参加。
ちょっと盛り上がりに欠けてしまい、少々早めのお開き。

明日は高円寺で “Ebony Soul Revue” を見るのを楽しみにしていたのに、日曜出勤と相成りました。
Leoさん、岡地さん、そして北島さん、矢野間さんをはじめとする皆々様、次回は必ず参上仕りますので!
失礼いたし申すっ!

5
6月

謎の人・・・・・。

   Posted by: Masazumi Ito   in Everyday I have the Blues (日記の項)

昨夜の会社帰り、23時頃だったと思うのだが。

最寄の駅から、徒歩にて自宅へ向かう途中の出来事。
ちょうど信号待ちの黒っぽい乗用車の後ろを横切ろうとしたら、運転席から20代後半くらいの男性だろうか、ノーネクタイにスーツ姿だったのだが,

男「あ、スイマセンー、ちょっとお尋ねしたいんですけど」
私(道でも迷ったのかな?)
 「はいはい」
男「あのーこれ会社に持って帰れないんで、良かったら貰ってくれませんか?」
私「はぁ???」

見ると、彼の手にあるのはちゃんとした結構大きなケースに入ったペアウォッチのセット。
ブランド名は良く見えなかったが、たぶんたいしたものではないと思う(たぶん)。
しかし「会社に持って帰れない」って?????
もう23時ですよ。
酔っ払いとも思えないし。。。。。
ここで受け取った瞬間に何か起きるのだろうか??
新手の詐欺?
一瞬のうちにいろんなことが脳裏に浮かんだが、「いやいや見ず知らずの人からは受け取れませんうよ」と言って逃げるようにその場を立ち去った私。

家に帰って、妻とまだ起きていた娘たちにその話をしたら
「あ、それ絶対オヤジ狩だよ!」

いちおう娘たちには「知らない人から、ものを貰ったりしちゃいけないよ」なんて言いながらも、いったいあれは何だったんだろうか?
と、ちと悩んでみたりした。

Bo Diddley 初来日パンフレット昼前に小安田憲司さんから携帯メールをいただいた。
ボ・ディドリーが亡くなったと・・・・・。

またひとり巨星が・・・・・。
生のボ・ディドリー・ビートはもう聴けないのか。

最初の頃は変てこな形のギターを弾く人だな、ぐらいにしか思っていなかったのだが、その後聴けば聴くほどハマってきた。
もう踊らずにはいられない。

初来日は1988年。ロン・ウッドと一緒だった。
この時、すでに還暦。
しかし、バリバリのステージ。

その後、ボ・ガンボスの影響力もあり合計4回の来日を果たした。

今夜はボ・ディドリーのレコードを聴きながら、ひとりでパーティー。

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