普段からお世話になっている下北沢の”lown”。
あの、Bob’s Fish Market でベースを弾いていた吉田達二さんのお店です。

昨夜は2周年記念の会ということで、ちょっとお邪魔してみました。

呑み放題です。
危険です。

まだ月曜日です・・・・。

あれ?
看板の左に写ってるのは、吉田家のご令嬢?




もう宴会状態です。

いろんな方がステージで歌いました。

中川五郎さん。
実はライブを見るのは、私が中学1年生の時以来だと思います。

たぶん42年くらい前だと思います(笑)




店主の吉田さん。
いったい何を叫んでいるのでしょうか?
ヤジを飛ばしているのでしょうか?

いや、そんなことはありません。
この方の人柄がlownの看板料理みたいなものです。

ライブのない日「居酒屋lown」でカウンターで呑むのはとても幸せに酔えます。
ちなみに吉田さんは呑ませ上手でもありますので、たいてい帰りの電車は乗り越します(ーー;)



閑話休題

以前にも書いた、阿佐ヶ谷のCadillac Babyというブルースのお店の話を。
いまでは”chakerboard”という名前でブルースの店として残っているが、その初期の頃を知る人も少ないかもしれない。
最初は”King Biscuit”というお店で、鎌田さんという方がやっていた。
私がキャデラックベイビーに初めて行ったのは高校生の時。
本当は雑誌で見たキングビスケットへ行こうと思っていたのだが、着いたら店が替わっていた。
インターネットの無い時代、情報伝達はノロいのである。
その日はキングビスケットがキャデラックベイビーになって2日目だったそうである。

東京に数店舗しかなかった「ブルース喫茶」。
そう「ブルース喫茶」と呼んでいた。
「ジャズ喫茶」、「ロック喫茶」のように。
当然、昼間から営業している。
そう、あの頃はみんな昼間からやっていた。
ZEMも、STOMPも、なまず屋も、ビスケットタイムも、ちょっと違うが、ぐゎらん堂も、みんな明るいうちからやっていた。

キャデラックも最初は13時オープンだった。
まだ高校生だった私は、昼くらいに学校を抜けだし、キャデラックの向かいの「なかの」という定食屋で昼を食べてるとちょうどいい時間だった。
「なかの」は老夫婦がやってるカウンターのみの定食屋。
いくら40年近く前と言っても、全部定食が250円というのは驚異だった。
和食の「なかの」か洋食の「キッチントップ」が阿佐ヶ谷のコスパ双璧だった。
で、「なかの」に入って天ぷら定食を注文すると、たいていキャデラックのマスター「やすしさん」が既に座っているのである(笑)

当時、私は西武池袋線の清瀬というところに住んでいたので、バスで行き来していた。
終バスが22時半くらいなのであまり遅くまで居れなかったが、コーヒー一杯で8時間くらい居座るとんでもない客であった。
が、客の中でも最年少の部類だったからか、ずいぶんと良くして頂いた。
なにしろ、高校生の小遣いでは月にLPは1枚しか買えない!
ブルースなんて、周りの友達は持っていないので聴かせてもらうことも出来ない。
仕入どころとしては、週に1度のTBSラジオ「なかむらとうようブルースの世界 11-30BLUES」くらいか。
THE BLUESやマガジン(ニューミュージックマガジン)で耳年増(目年増?)になっている私にとって、その音を聴ける貴重な場がキャデラックだったのだ。
巷で噂だったマジック・サムのアン・アーバーの海賊ライブテープ(極悪な音質だったカセットテープ)を惜しげもなく貸してくれたりした。

当然のごとく、平日昼間のお客さんはあまり来ないので貸し切り状態(笑)
やすしさんにはいろいろ教えてもらった。
バンドやってるんなら、これ聴かなきゃダメだ!
と言って聴かせてくれたのはBARRELHOUSEというレーベルの”CHICAGO BOOGIE”とWILLIE WILLIAMSの”RAW UNPOLLUTED SOUL”。
この2枚は翌日に小遣い前借して吉祥寺の芽瑠璃堂で即購入した。
SOULをかけると、あまり気乗りしない私の為にO.V.ライトや、まだ日本未発売のジェイムス・カーなども聴かせてくれた。

だいぶこなれてくると、アーリータイムス呑んだりしてちょっと売上に貢献(??)。
顔なじみになってくると次第に周りのお客さんとも話が出来るようになってくる。
こっちはブルースしか頭にないのだけど、必ずしも周りの方たちはそうというわけでもなく、割と怪しげな方々もいたような気がして、またそれが自分がちょっと大人になったようで嬉しかったりもした。
そろそろ大学受験などもあったりで、ちょっと間が開いた後に来た時、たぶんあの時だと思うのだけど、やすしさんはすっかりレゲエに行ってしまっていた。
ジミー・クリフのタダ券を貰って何となく行ったらハマった。と言っていたような記憶がある。
その頃からちょっと雰囲気が変わってきた。
ある時、呑んで夜中に行ったら(もう大学生になっていた)、オーナーの方に相当叱られていた。やすしさんは何に酔っていいたのかわからないが、ボロボロの状態だった。舌も回っていなかった。
当時のオーナーさんは(今はどうなのか?)、中野の「四季」という店のママさんだったと記憶している。
マスターとしてしっかりしなきゃいけないのに、連夜にわたる酔っぱらいの体たらく、オーナーさんにひどく叱られ続けている姿、今も忘れない。
私の記憶が正しければ、その日を最後にやすしさんは店を去ったと思う。

勅使河原靖。
記憶が間違いなければ、これが彼の本名。
あの夜を最後に彼と会うことは無かった。
ボクをブルース漬けにした大恩人である。

キャデラックへ通っていた頃、やすしさんは「ナミさん」という方の話をよくしていた。
すぐに「ナミさん」は「南正人さん」であることが分かった。
店で1度だけお会いしたことがある。
ライブだったのか?
単に呑みに来ただけだったのか?
何を喋ったかも覚えていないけど、隣に座ってしばらく話をしていた。
私は中学に入ったばかりの頃、1年間くらいフォークをよく聴いていたので、もちろん南正人さんは知っていたし、隣に座って喋っていること自体が信じられない気分だった。



lownの2周年記念大会に話は戻ります。
エレベータから出た瞬間、そこに居たのは間違いなくあの「ナミさん」だったのです。
とても話しかけることなんてできません。
でも、ライブ後半、酔った勢いで話かけてみました。

あの・・・阿佐ヶ谷のキャデラックベイビーって覚えてますか?
もちろんだよ!やすしとかね!
ああ!感激である。ちょっと昔話をしてもらい、
そういえば、やすしどうしてるんでしょうね~



ほんの一瞬間があいて

死んだよ。
もう10年、いやもっと前、20年は経つかな。

なんとか平静を装って会話が続いたが、あとでジワっときてしまい、ちょっと視界が霞んでしまいました。
なんだか懐かしい宝物が弾けて飛んで行ってしまったよう。

やすし!
今さらで申し訳ないけど、ご冥福をお祈りします。



でも気を取り直して記念撮影。
南正人さん、店主吉田達二さん、最前列は70年代にナミさんのバックで弾いていた古田勘一さん。

ちなみに、ナミさんは「もう70歳なんだよ」とのこと。
でも、まだまだ元気です。

生きててなんぼのものですからね。

ちょっと湿っぽい話になってしまいましたが、lown2周年おめでとうございます。
これからも宜しくお願いしますね!


この投稿は、2014年6月3日 火曜日に、カテゴリー「Blues after hours (ライブ後記の項), Blues'n Soul (ブルージーな仲間たちの項)」に投稿されました。
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コメント(8)

乱舞戯
 1 

キャデラック・ベイビーの話、詳しく聞いたのは初めてやな・・・ええ話や、こっちもしんみりするわ。

南正人さん元気そうやな!南さんの音楽は昔から大ファンで、ワシが20歳頃、南さんを神奈川大のレインボーショーやら高円寺の次郎吉(JIROKICHIではない)でソロ(+ギタリスト)のライブを観たが、レインボーショーではアシッドバリバリの轟音デッドみたいでビックリしたが、次郎吉ではステージ上、ギターに飽きたのかコンガ叩きながら・・・ギタリストのソロの間にコンガにうつ伏せ眠ってしまうという凄いパフォーマンス見せてくれた。 徳島の日和佐にあるインドヒッピーみたいな店にライブに来てると聞いたが、先日その店の前通ったらそのカレー屋は足裏マッサージ店になっていた。もう南さん観れないのか・・・と思っていたがお元気そうでなにより。

2014年6月4日 7:53
通学電車からコメントする大崎
 2 

感動的な話です。
僕も今まで出会った方々や、伊藤さんのことを何十年か後にこうしてしみじみ思い出すのかなあと思いました。

2014年6月4日 7:56
 3 

> 神東さん

なみさんは、あらゆる部分で別格でしたよね。
もう、凡人にはない凄い生き方。
でも、話すと普通だったりするのが、また面白い(笑)
存在感、際立ってます!

2014年6月4日 8:26
 4 

> 源太くん

まだ殺さないでね(笑)

遅刻するなよー!!

by 始業前にコメントする作者

2014年6月4日 8:27
SABU
 5 

やすしさん、そう勅使河原だったよね。亡くなったんだ。。。

今でもO.Vライトとジミークリフ聞くとやすしさんを思い出す。
JKだった私は「お砂糖ください」と言えず、ブラックコーヒー無理して飲んでた。
なみさんにもキャデラックで何回か遭遇したわ。
やすしさん、どこかでお元気だと思っていました。
ご冥福をお祈りいたします。

大崎くんへ

うちの娘と友だちになってくれませんか?
大学入学して、音楽サークルに入部、明日バンドデビューなんだけどアニソンを演奏します。
同世代で音楽の話が出来る人がいません。
どうかよろしくお願いします。

2014年6月6日 23:52
 6 

> SABUちゃん

そうなんです。
久々にショックな話題でした。
この頃のキャデラックの話題を共有できるのは、もうSABUちゃんくらいになっちゃったなぁ・・・・
仁もいないし・・・

で、娘さん、バンドデビュー!?????
おおおっ!
SABUちゃんのDNAや如何に(笑)

2014年6月7日 8:34
 7 

[...] ナミさんとのエピソードは、2014年6月3日 のブログでどうぞ! [...]

2017年6月5日 13:17
 8 

[...] 座っているボーカルくんは、なかなかに図太い歌唱力で、割と好みです。 が、なぜか彼の左眼が見事な青タンで、歌舞伎町の臭いがプンプンしてて(笑) ”ナミさん”、南正人さんです。 大重鎮です。 私、高校生くらいの時、阿佐ヶ谷でお会いしてます(笑) ご参照⇒ 2014年6月3日のブログ [...]

2017年10月13日 10:32

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