玉井さんが星になった。
あまりに悲しい。
信じられない。
まだ71歳になったばかり。
去年は最後の「春一番」を終えて帰京した直後に右腕を骨折。
腰痛も酷いと言ってた。
毎年恒例の1月3日、「少数精鋭、玉井家の新年会」も無理かなぁ、などと思っていたら、
10月になって「1月3日、やるでぇ!!」と連絡が。
いつものように日本酒買って用意してたら大晦日の夜にメッセージが。
『残念ながら1月3日は延期!腰が悪化して…..メイン食材は冷凍で半年は大丈夫』(原文のまま)
正月休み明けの1月6日に病院へ行って痛み止めを貰うとのこと。
玉井さん、1月17日が誕生日なので、病院の結果が良かったら新年会は誕生日会にしようということに。
が、その1月6日に「ドミノ骨折でM鷹K病院に入院しました」との連絡が。。。
結局、1月の後半のやりとり以降、2月になってからメッセンジャーは既読にならず、当然返信も無く。
まさかの最期。
音楽が好きで(BLUESはもうお腹いっぱいと言ってたが)、プロレスが好きで、阪神タイガースが好きで、コテコテの大阪人のくせにホッピーが大好きな玉井さん。
無茶苦茶記憶力が良く、憂歌団のマネージャー辞めた日まで憶えてた(笑)
そう、憂歌団、上々颱風のマネージャーとして、そして8月の錦糸町河内音頭大盆踊りの舞台監督、昨年幕を閉じたゴールデンウイークのの風物詩「春一番コンサート」も毎年仕切りました。その他、多くのイベントの裏方、舞監として無茶苦茶顔が広く、いろんなことを教わりました。
でも、そんな有名人である玉井さんが亡くなったことは、世間であまり大きな話題になっていないような気がする。
ググってみてくださいよ、分かると思います。
まだ知らない人がたくさんいるんじゃないか??
まだまだ、いろんな話をして一緒に呑みたかったのに。
少しでも皆さんにお知らせしたくて、たくさん写真を載せてみました。
雲の上でも音頭取ってみんなを集めているんだろうな。
今まで、本当にありがとうございました。

ザ・グレート・カブキさんのお店へは良く皆で行きました。
昭和プロレス大好きですからねぇ。
多少のことでは動じない玉井さんも、カブキさんの前では子供のようになってしまいます。




























玉井正治
(たまい まさじ)本名:しょうじ
1955年1月17日~2026年3月1日

-THE NG's-
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