ちょっと普通の高校生とは違っていた私でした。
そう、ブルースが大好きだったのです。
学校の友達にはブルース好きは1名。
まぁ周りの友達は大概ディープパープルのハイウェイ・スター聞いてましたね(笑)
当然、外部へ新しい刺激を求めに出るわけですね。
なことで、阿佐ヶ谷のキャデラック・ベイビーはすっかり常連となり、高円寺のビスケット・タイムとか吉祥寺のなまず屋とか。
で、ある時、西武池袋線の清瀬からはちょっと遠い下北沢のZEMへ行ったり。
嗚呼、懐かしいわが青春の1ページ。

私が大学に入った頃でしょうか?
ZEMが無くなり、下北沢駅南口から数歩のところにSTOMPという店ができたわけです。
現在は「ブルースバー」というのでしょうか?
当時はジャズ喫茶、ロック喫茶などがまだ多数あり、STOMPも「ブルース喫茶」であり昼間から営業していました。
「永井隆&ブルーヘブン」のマネージャーであった正井芳幸さん(一昨年の正月に鬼籍に入られましたが・・・)がやっておられました。
昼間行くと、よくドラムの松本照夫さんがカウンターの中でギター練習してました(笑)
ちと家から遠いのでそれほど頻繁に行ったというわけではないのですが、その後もよく呑みに行きました。
その後、1980年代中盤に近藤房之助さんに店は受け継がれるのですが、私はMasai’STOMPが思いで深いです。
正井さんもクセが有りすぎなので、出入り禁止になった方も多々いらっしゃったような(笑)
夜になると、ホトケさんはもちろん、鮎川誠さんやシーナさんもよくいらっしゃり、大変濃いお店。
初来日のアルバート・コリンズ様ご一行も「いいブルースクラブがあるぞ」と言われ(笑)やってきたことも。
怖い顔に似合わず、ゆっくり我々にもわかるよう話してくれた優しい方でした。

そして去年くらいにSTOMPが閉まるらしいぞという噂が。
もうシモキタには「にしんば」と「珉亭」しか残っていないじゃないか!
ということで今年になって二回ほど軽くお邪魔してみたりしました。

で、4月の終わりのこと。




4月29日、高円寺JIROKICHIで43年ぶりのリユニオンを果たしたスウィート・ホーム・シカゴのライブ帰りに岡地さんと行ってみました。

思えば私はFusa’s STOMPになってからはあまり伺ったことがなかったような・・・・・。




そして約10日後の5月10日、下北沢lownのライブに森田恭一さんが飛び入りしてくれたので、その日も訪問。




更にさらに、5月17日のこと。
むかしブレイクダウン、ブルーヘブンのマネージャーだった中根さんが仕事で上京とのことで伺うと、臭いを嗅ぎつけたのか(笑)お店は超満員に!



濃すぎるわ!
左から中根さん、永井隆さん、菊田俊介さん、妹尾みえさん、入道さん、小安田憲司さん、わたし、近藤房之助さん。手前の後姿はkotezちゃん。

濃いというより、黒い話が盛りだくさん。
黒人音楽の「黒」ではありません。
墓まで持って行かねばならないような話ばかり(笑)




30年以上ぶりにちゃんと話したかな。

永井”ホトケ”隆さん。
昔よく呑んだときは、ほーさん短髪、私が長髪で、よく「おまえ、髪の毛うっとおしいな~」とよく怒られたが、いまや逆転(笑)




おまけショットです!

またひとつ、青春時代の思い出の地が消えていくのか。
まあ、時代は変わっていくのだよね・・・・・。


この投稿は、2017年5月21日 日曜日に、カテゴリー「Blues'n Soul (ブルージーな仲間たちの項)」に投稿されました。
トラックバックURL : http://masazumi-ito.com/archives/9349/trackback

コメントを残す

名前 (*)
メール (公開はされません) (*)
WEBサイト
コメント