今朝起きたら頭痛が・・・・。
風邪が治っていないのか?
いや卵酒の代わりに飲んだワインのせいか?ちょっと飲みすぎたらしい。
一年なんて早いもんだなあ、と思いながらついつい飲んでしまったらしい。
歳を重ねるに従い、1年過ぎることの早いこと早いこと。
以前聞いた話だが、
例えば10歳の子供の1年間は、いままで生きてきたうちの10%。
50歳の人の1年間は、同様に考えれば50分の1、つまり2%だ。
体感として、1年間の割合が10歳の頃の2割になっているということだ。
これでいくと、歳をとればとるほど1年間は短く感じるはずである。
なるほど、と納得。
昨日は松井仁さんの一周忌にあたる日だった。
本当なら彼は二週間後に50歳になっているはずだった。
ひとりワインを飲みながら昔のライブビデオを見ながら彼を偲ぶ。
素晴らしいベーシストだった。
この上ない安定感、弾力性のあるトーン、思わず体を動かしたくなるグルーブ感。
こんな日に風邪をひいてしまった私。
ちなみに当時いっしょにバンドをやっていた小安田憲司氏は声帯炎になってしまい、昨日のライブを欠場せざるを得なくなってしまったらしい。
SABUちゃんに言わせれば「仁くんが、『体を大事にしろよっ!』って言ってるのよ」ということらしい。
言いえて妙かもしれない。
2日間、ゆっくりさせてもらいました。
そういえば、LITTLE BOY BLUE のもう一人の残党である岡地曙裕氏は、昨日はスインギング・バッパーズのライブだったはず。
大丈夫だったろうか?
友人の死を、こういうブログに書き込むことはいいのかどうか。
迷うのなら書かなければいいじゃないか、と言われそう。
ずっと下書きのままでアップすべきかどうか考えていたのだが。
今月号のミュージックマガジン誌に訃報が掲載されたことで、自分自身の中で現実を直視し、一歩前へ進んでいかねばならない、という気持ちになった。
ここ数ヶ月、彼の死が半信半疑であり、またその事実を認めようとしない自分がいたから。

松井仁さんと出会ったのは、まだお互いが20歳くらいの頃。
私は、ちょうどバンドを解散してベーシストを捜していた。
阿佐ヶ谷の「キャデラックベイビー」で当時マスターをしていたH富さんの紹介で知り合った。
そして同じ頃知り合った、小安田憲司氏、岡地曙裕氏と結成したのが “Little Boy Blue”。
彼はカントリーブルースに造詣が深く、同世代でこの話題で盛り上がれる友人は他にいなかった。
その他、ダウンホームなブルースからニューオリンズ、サザンソウルまで幅広く、奥深く探求されていたので、ずいぶんといろいろなことを教えてもらった。
そのプレイは、ひじょうに安定したもので、なおかつ独特のグルーブ感があり、当時の周りのバンドを見渡しても「松井-岡地」のリズム隊は群を抜いていた。
ベーシストとして、あくまでも「リズム」にこだわり続けた。うわべのテクニックに興味を示さず、音楽の本質である「リズム」をかもし出すための、ステップや体の動きに重きを置いた。ぽっちゃりした体型なのに、背筋力の強靭さはこのポリシーによるものであることは間違いない。
ここ10数年は、すっかり年賀状のやり取りだけになってしまっていた。
本職である大学教授として、東京から新潟、そして京都へと活躍の場を移し、昨年の11月29日あまりにも早い旅立ちであった。
その訃報に接したのが、正月の4日のこと。
詳細がわからないのも手伝い、しばらくは何も考えることが出来なかった。
現在、元Little Boy Blueの3名と、彼の一番弟子と言っても過言ではないLEOさんが中心となり、「なにか」をしようと考えている。
後年は音楽界から離れてしまった彼だが、「松井仁」の音を、映像を、SOULを、後世に残したい気持ちも強い。
具体的な指針ができたら、再度この場でご報告させていただきたいと思っている。
書きたいことは無限にあるのだが、無理に要約してしまったため失礼な表記があったらお許しいただきたい。
不適切な比喩等あったらご指摘いただければ幸いである。

5日前に飲んだばかりなのに、また集まってしまった小安田氏、岡地氏と私のLittle Boy Blue残党3人衆。
私は仕事の関係で20時頃に合流。彼らはすでに2時間ほど前から飲んでいるもよう。特に小安田氏は王様になる一歩手前の状態。
本日はもう一人のゲスト、稲田浩三氏(漢字、間違ってないかな)も登場。
彼は当時の東京B級ブルース界の中でも、”キング・オブ・ロウダウン”というか”キング・オブ・いなたい”というか、とってもいい感じのギタリストだった。
地元の豊橋にいるという話は聞いていたが、何やら3月まで研修があってその間こちらに滞在しているらしい。
この日はいったん豊橋に戻る予定とのことで1時間ほどの再会だったが、全く風貌が変わっていない浩三氏に頭が下がってしまった。
ところで、この日の「飲み会場」は中野の”Bright Brown“。
やはり当時の仲間である”すーさん”が仕切っているお店。すーさんと言えば浩三氏以上にミスター・ロウダウン。
“Caldonia”というバンドで、いぶし銀のギターを何度も拝ませていただいた。
たぶん、すーさんとも20年以上のご無沙汰か。
途中から記憶が飛んだ小安田氏(後日談による)も退場。日付も替わってしまったので途中参加の谷やん氏に記念写真を撮ってもらい、終電を諦めた岡地氏を残し店を出た。
先日の失敗を繰り返さないために電車も座らずに頑張ったのだが、何も食べずに飲み続けたのがいけなかったらしく、どうやら立ったまま寝ていたようだ。気づくと西国分寺。
ま、まただ・・・・・。
17時に会社を飛び出し新宿へ向かった。
久々に小安田憲司氏、岡地曙裕氏と3人で飲んだ。
かつて、25年以上前になるが「東京で一番音のでかいブルースバンド」”Little Boy Blue” の盟友である。
当時はみんな20歳代前半、ある意味怖いものなしだったし、毎日が楽しかった。懐かしい話題は次から次へと沸いてくる。
今日4人揃っていれば、もう一度ライブやるか!なんて話しになったかも・・・。
天気予報が外れて雪は降らなかったが、いささか日本酒を飲みすぎて暖かい帰りの電車の中で座ってしまったものだから、少々寝過ごしてしまった。
そして、帰り道はやはり寒かった。
本日、”Little Boy Blue” 封印。