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2月3日は”天才ドラマー”故田村光太郎さんの「恒例・墓参り&セッションツアー」でありました。
光太郎さんの母校であるA高校のご学友の皆様が中心になって毎年行われるこの集い。
若輩者の私も、毎回末席にお邪魔しております。
午前中は多磨霊園へ墓参り。
午後は中野のブライトブラウンでセッション大会。
という毎回変わり映えしませんが、年に一度しかお会いできない方もいらっしゃいますので、「生存確認」という意味ではナイスな集いではあります。



霊園は、まだかなりの雪が残っており、除雪がたいへん!
が、雪国育ちの方は手際が良い。

某K出斉さん、よもやこんなところに写真が掲載されているとは思うまい(笑)




墓参りも終わって、これも恒例、中野のブライトブラウンへ移動。
午後はこちらで貸切セッション大会であります。
飲み物はキャッシュオンですが、つまみは毎回、近所のスーパー「ライフ」で買い出し。
数名で買い出しますが、みんな茶色い揚げ物や炭水化物を大量にカゴに入れるのでありました。

おや?禁煙してたはずだった某K安田さん!
よもやこんなところに写真が掲載されているとは思うまい(笑)



セッション写真ですね。
私の演奏写真は残念ながらありません・・・

何故か雪かきを終えた小出さんがドラム。
ギターに嗚呼懐かしのJUKEJOINT BLUES BANDの石川さん、そして急遽ベースに山室さん。
ピアノに上阪さんであります。




この日はドラマーが少なく(私のセットで叩いてくれた”E-CHANG”池間さんはリズムが止まって寝てしまいそうなドラムを叩いてました)、このセットは吾妻さん。

そしてこの後、夜中までご一緒する小町さんもベース弾いてます。



さてさて問題はその後のこと。

ブライトブラウンは17時前にはお開き。
例年の如く、二次会へ向かう人々は、某「H港亭」へ。
ここは餃子が一皿157円!であったが280円に値上げされており、「な、な、なんだこれは~!」という阿鼻叫喚はあったものの、倹約家か某A妻光良さんが仕切る関係で、つまみのオーダーは限りなく少なく・・・。
あまり食べないと酔いが回ります。
すでに十分な酒量を摂取しておりましたので、その後の記憶が芳しくありません。

その後、某K町正明さんと某K安田憲司さんと、阿佐ヶ谷のバレルハウスへ行った。はずです・・・。
たぶん、ほとんど寝てました。
更にその後(もういい加減に帰りなさいよ!)、K町さんと中央線に乗るも「今日さ、バイユーゲートで古田が出てるんだよね」という悪魔の囁きをかすかに覚えています。
そう、数年前に京都へ戻った”BOUND”の古田光郷氏であります。
二人で三鷹駅で降りてバイユーゲートへ向かいます。
もうライブなんてとっくに終わってる時間です(笑)

一杯くらい呑んだような、それともオーダーだけしたような。
店主のゆうちゃんから「伊藤さん、大丈夫ですか?」と言われた記憶はある。
手の甲は血だらけだったような。

おそらく三鷹だと思います。
駅だか道端だかわかりません。
転びました。
右のアバラを強打して、とっても痛かったのは覚えています。
K町さんはたぶん隣にいたはずですが記憶がないようです。
さすが酔っ払いです。

翌日、起きれませんでした。
単なる打ち身であろう。と勝手に信じ込むようにしました。
しかし脳裏には「肋骨にヒビ」・・・
事実がわかってしまうと、途端に凹むタイプのチキンな私は、病院で事実を突きつけられるのが嫌でコルセットで固定して頑張ることにしました。

3日後には下北沢ラウンで、一週間後には荻窪チャーリーズスポットで、10日後には高円寺JIROKICHIで、ライブを控える身としてはかなりの痛手。
ま、とりあえず騙し騙し・・・

★★2月24日追記
まだ痛いです・・・
ヒビの場合、三週間はかかるとのこと。
はい、見事に三週間目です。
やはる単なる打撲では無かったもよう・・・
そしてこの日もライブなのね・・・

あれからちょっと酒量減らしてます。。。




これは三鷹駅でしょうか?
某K町正明さん、よもやこんなところに写真が掲載されているとは思うまい(笑)

なぜこんな写真を撮ったのでしょうか?
全く謎です。

酔っ払いは恐ろしい生き物です・・・


毎年恒例、「田村光太郎さんを偲ぶ会」。
光太郎さんが旅立ってから、今年で10年だそうだ。

午前中はお墓参り、そして午後から中野のブライトブラウンで呑んで演奏する。
正直、10年も経つと、あまりシンミリ感は少ない。



でも、毎年毎年集まって光太郎さんを肴に呑めや唄えやの宴会は、うらやましい限り。

オレも逝ったらやってほしいなぁ。

人格ないからダメかなぁ。



ブライトブラウン、スタートのセッションに引っ張り出される。

「ありがちなブルースセッション」との吾妻氏の紹介。

いや、まさにありがちな感じで安定感あり(笑)



ちなみに、ブライトブラウンでの写真3枚は、田辺の龍ちゃん撮影によります。

毎回ありがとさんです~。




会は17時終了。
数名で千歳烏山へ向かう。
この前々日に正井芳幸さんが亡くなった。
ある意味、その62年間はすごい人生だったと思う。

下北沢の”Zem”は残念ながら高校生時代に数回行っただけ。
20歳になる前くらいにから”STOMP”へよく行った。
昼間は珈琲が飲めた。

ブルーヘブンをよく観に行った。
渋谷”屋根裏”の急階段、機材の搬入手伝って良くチャージ無しで観させてもらった。

1980年代、東京ブルース界のドンみたいな存在だった。
いろいろとお世話になりました。

破天荒な人だった。
でも、子供みたいにニヤニヤしながらイタズラしたり。

STOMPの後半は私は良く知らない。
私が音楽業界から疎遠になっていた。

90年代の後半だったか、日比谷のブルースカーニバルでバッタリ会った。
正井さんから声をかけてくれた。
うれしかったな。

だから、”デルタ・ブルー”は全く知らない。
その辺の人間関係も。

2年前の寒い日、ひょんなことで下北沢で呑んだ。
1時間くらいか。
かなり酔っぱらってた。
昔のお礼にと、1杯ご馳走させていただいた。

「そうか、またバンド始めたのか!よかったよかった!ずっと続けるんだぞ!」
なんか、お父さんみたいになってた(笑)

お通夜、告別式とも、昔のブルースミュージシャン関係はあまりいなかった。
正井さんは「デルタブルーの正井さん」になっていたんだ。




2年前に載せた、その時の写真。

もう一度載せて、正井さんの冥福をお祈りします。

向こうであんまり喧嘩するなよーっ!!