タグ「南正人」への投稿

去年のコロナ禍で、時はあっという間に過ぎ、なんと「あけましておめでとう」の季節がやってきてしまいました。
手軽に出来るFACEBOOKも話題に事欠けるわけで、かつてほど投稿をしなくなってしまっています。
低調ですね。とほほ・・・
ここは原点に立ち返ってブログかな。
と思いつつも、また三日坊主に終わること間違いなしだと思われます。。。
WordPressのバージョンが古いのか、スマホから投稿するのが難しいのが原因でしょうねぇ。。。

とりあえず、新年の佇まいでも。



新年最初の写真です。

正月3日に玉井さんのお宅で密にならない少人数の新年会。
大阪風のおせち会って感じでした。

この日に集まった日本酒達です。
高級酒はありません(笑)

玉井家、実はうちからバスで乗り換えなしに行けることが判明。
あぶねぇあぶねぇ。




1月6日、なんと10か月ぶりに荻窪ルースターへ。
コロナ騒ぎで南口の本店は閉まってしまい、旧「ノースサイド店」が『荻窪ルースター』として生き残りました。
オーナーの佐藤さん、ご無沙汰でございました。
ライブはKOTEZ、小野アイカ、江口弘史、岡地曙裕(敬称略)の「新春黄金ブルースナイト」。
久々のライブ観戦させて頂きありがとうございました!
そういえば、今年は恒例の1.4東京ドーム集団観戦会は無しでした、時節柄ね。

来年こそは「ブルースバトルロイヤル」再開しましょうねぇ~




1月8日のこと、前日に「ナミさん」こと南正人さんが急逝されたことを知る。
1月7日、横浜サムズアップでのライブ中に倒れて、そのまま絶命されたとの事。
ある意味、伝説の人だけど、その最期にまた伝説を作ってしまったのは、神がかっているとしか言いようがない。

ここ数年、下北沢のラウンでは数回聴かせて頂きました。
去年の8月が最後だったか、いや「居酒屋らうん」の日に来ていて勝手にギター弾いて歌ってたこともあったな。
あれ、いつだったっけ。。。

ナミさんに初めてお会いしたのは、たぶん高校三年生の時だから、もう40数年前!!
その時の懐かし話は下記の過去ブログで。
【2014年6月3日のブログ】

あともうちょいで喜寿のお祝いだったのに。
ナミさん、Forever!!




1月9日、久々「吾妻光良 & The Swnging Boppers」観戦へ。
ひょんなことからビルボードへご招待いただきました。

ビルボードのサイドの席から観るのは初めてだろうか。
昼の部は15時開始です。
早いなぁ~
まぁ、緊急事態宣言が出ちゃった翌日ですからねぇ。
開催できただけ良しとしましょう。




ビルボードの楽屋も感染防止のため部外者は入れません。

が、終演後出てきてくれました。
お疲れのところ、ありがとうございました。

Scheduled by the Budget “で作詞のクレジットのある私ですが(自慢 笑)、そのCD、見本盤すらもらっていない。。。。。
と、年賀状に文句を書いたら(笑)、早速手配してくださったそう。
年賀状は便利ですね。
まぁ、「大人はワイン2本まで」も年賀状のコメントから生まれた曲ですがね。


ビルボードも終わり、まだ早かったので新宿某店へ向かう途中、今度は日倉士歳朗氏の悲報が。。。

なんてことだ・・・(涙)


6月30日に旅立たれたボブズ・フィッシュ・マーケットのドラマー、前田政明さんの追悼ライブに伺いました。
Bob’sは日本のThe Bandと言われてましたね。
私も大学に入ったばかりの頃に観ました。
ひょんなことで、ここ数年メンバーの皆さんと懇意にさせて頂くことも多く、ただ残念ながら前田さんとはあまり多くを語れなかったのが残念です。





前田さんは新宿歌舞伎町のドンキホーテ裏にある、昭和の臭いをプンプン残した「つるかめ食堂」の店主としても働いていらっしゃいました。

この日もつるかめ食堂のメニューから前田さんの好物が差入れされました。
いや~、揚げ物サイコー!特にハムカツ最高っ!!




lown店主の吉田さんから、スタートのご挨拶。

同じ戸塚高校の同級生。



1名欠けてしまいましたが、Bob’s Fish Market。

そういえば、突然今年の春に幻のデビュー盤が突如ビクターから初のCD化!
ある意味、前田さんが生きてるうちに陽の目を見て良かったなぁ~

BOB’s FISH MARKET (オリジナル:1979年発売)




艶やかな”琥珀VOICE”の、ゆげみわこさん。

BOB’sの名曲「丘の上に佇んで」をカバーされていますが、この日も敦賀さんと日倉士さんのサポートで唄われました。



新宿で前田さんがドラムを叩いていたという若者3人組も登場。

座っているボーカルくんは、なかなかに図太い歌唱力で、割と好みです。
が、なぜか彼の左眼が見事な青タンで、歌舞伎町の臭いがプンプンしてて(笑)



”ナミさん”、南正人さんです。
大重鎮です。
私、高校生くらいの時、阿佐ヶ谷でお会いしてます(笑)
ご参照⇒ 2014年6月3日のブログ

もう73歳なんだそうです。
でも若いっ!

とにかく凄いです。
別に派手とか凄いテクとか、そういうのではなく。
普通に聴いてて感動します。

やはり73歳の重み?
でも俺はあと15年経っても無理だな・・・



BOB’sメンバーをバックに従えたナミさん。
真ん中のギタリストは、よくナミさんのサポートを務める古田勘一さん。

古田さんは、前田さんに捧げるインストを作って演奏してくれました。




そして最後は再び BOB’s FISH MARKETで大団円!



終演後のショット。
左は日倉士歳朗さん、右は先ほどの青タンの若者(ごめん、名前失念した)。
若者と言っても、46歳って言ってたかな?(笑)

ヒール軍団っぽい。



最後は前田さんを真ん中に記念撮影。
この時点で、すでに帰られた皆さまも相当多数いましたので全員ではありません。。。。。

写真の前田さんの笑顔がたまらないですね。
冥福を心からお祈りいたします。
やすらかにお休みください。


普段からお世話になっている下北沢の”lown”。
あの、Bob’s Fish Market でベースを弾いていた吉田達二さんのお店です。

昨夜は2周年記念の会ということで、ちょっとお邪魔してみました。

呑み放題です。
危険です。

まだ月曜日です・・・・。

あれ?
看板の左に写ってるのは、吉田家のご令嬢?




もう宴会状態です。

いろんな方がステージで歌いました。

中川五郎さん。
実はライブを見るのは、私が中学1年生の時以来だと思います。

たぶん42年くらい前だと思います(笑)




店主の吉田さん。
いったい何を叫んでいるのでしょうか?
ヤジを飛ばしているのでしょうか?

いや、そんなことはありません。
この方の人柄がlownの看板料理みたいなものです。

ライブのない日「居酒屋lown」でカウンターで呑むのはとても幸せに酔えます。
ちなみに吉田さんは呑ませ上手でもありますので、たいてい帰りの電車は乗り越します(ーー;)



閑話休題

以前にも書いた、阿佐ヶ谷のCadillac Babyというブルースのお店の話を。
いまでは”chakerboard”という名前でブルースの店として残っているが、その初期の頃を知る人も少ないかもしれない。
最初は”King Biscuit”というお店で、鎌田さんという方がやっていた。
私がキャデラックベイビーに初めて行ったのは高校生の時。
本当は雑誌で見たキングビスケットへ行こうと思っていたのだが、着いたら店が替わっていた。
インターネットの無い時代、情報伝達はノロいのである。
その日はキングビスケットがキャデラックベイビーになって2日目だったそうである。

東京に数店舗しかなかった「ブルース喫茶」。
そう「ブルース喫茶」と呼んでいた。
「ジャズ喫茶」、「ロック喫茶」のように。
当然、昼間から営業している。
そう、あの頃はみんな昼間からやっていた。
ZEMも、STOMPも、なまず屋も、ビスケットタイムも、ちょっと違うが、ぐゎらん堂も、みんな明るいうちからやっていた。

キャデラックも最初は13時オープンだった。
まだ高校生だった私は、昼くらいに学校を抜けだし、キャデラックの向かいの「なかの」という定食屋で昼を食べてるとちょうどいい時間だった。
「なかの」は老夫婦がやってるカウンターのみの定食屋。
いくら40年近く前と言っても、全部定食が250円というのは驚異だった。
和食の「なかの」か洋食の「キッチントップ」が阿佐ヶ谷のコスパ双璧だった。
で、「なかの」に入って天ぷら定食を注文すると、たいていキャデラックのマスター「やすしさん」が既に座っているのである(笑)

当時、私は西武池袋線の清瀬というところに住んでいたので、バスで行き来していた。
終バスが22時半くらいなのであまり遅くまで居れなかったが、コーヒー一杯で8時間くらい居座るとんでもない客であった。
が、客の中でも最年少の部類だったからか、ずいぶんと良くして頂いた。
なにしろ、高校生の小遣いでは月にLPは1枚しか買えない!
ブルースなんて、周りの友達は持っていないので聴かせてもらうことも出来ない。
仕入どころとしては、週に1度のTBSラジオ「なかむらとうようブルースの世界 11-30BLUES」くらいか。
THE BLUESやマガジン(ニューミュージックマガジン)で耳年増(目年増?)になっている私にとって、その音を聴ける貴重な場がキャデラックだったのだ。
巷で噂だったマジック・サムのアン・アーバーの海賊ライブテープ(極悪な音質だったカセットテープ)を惜しげもなく貸してくれたりした。

当然のごとく、平日昼間のお客さんはあまり来ないので貸し切り状態(笑)
やすしさんにはいろいろ教えてもらった。
バンドやってるんなら、これ聴かなきゃダメだ!
と言って聴かせてくれたのはBARRELHOUSEというレーベルの”CHICAGO BOOGIE”とWILLIE WILLIAMSの”RAW UNPOLLUTED SOUL”。
この2枚は翌日に小遣い前借して吉祥寺の芽瑠璃堂で即購入した。
SOULをかけると、あまり気乗りしない私の為にO.V.ライトや、まだ日本未発売のジェイムス・カーなども聴かせてくれた。

だいぶこなれてくると、アーリータイムス呑んだりしてちょっと売上に貢献(??)。
顔なじみになってくると次第に周りのお客さんとも話が出来るようになってくる。
こっちはブルースしか頭にないのだけど、必ずしも周りの方たちはそうというわけでもなく、割と怪しげな方々もいたような気がして、またそれが自分がちょっと大人になったようで嬉しかったりもした。
そろそろ大学受験などもあったりで、ちょっと間が開いた後に来た時、たぶんあの時だと思うのだけど、やすしさんはすっかりレゲエに行ってしまっていた。
ジミー・クリフのタダ券を貰って何となく行ったらハマった。と言っていたような記憶がある。
その頃からちょっと雰囲気が変わってきた。
ある時、呑んで夜中に行ったら(もう大学生になっていた)、オーナーの方に相当叱られていた。やすしさんは何に酔っていいたのかわからないが、ボロボロの状態だった。舌も回っていなかった。
当時のオーナーさんは(今はどうなのか?)、中野の「四季」という店のママさんだったと記憶している。
マスターとしてしっかりしなきゃいけないのに、連夜にわたる酔っぱらいの体たらく、オーナーさんにひどく叱られ続けている姿、今も忘れない。
私の記憶が正しければ、その日を最後にやすしさんは店を去ったと思う。

勅使河原靖。
記憶が間違いなければ、これが彼の本名。
あの夜を最後に彼と会うことは無かった。
ボクをブルース漬けにした大恩人である。

キャデラックへ通っていた頃、やすしさんは「ナミさん」という方の話をよくしていた。
すぐに「ナミさん」は「南正人さん」であることが分かった。
店で1度だけお会いしたことがある。
ライブだったのか?
単に呑みに来ただけだったのか?
何を喋ったかも覚えていないけど、隣に座ってしばらく話をしていた。
私は中学に入ったばかりの頃、1年間くらいフォークをよく聴いていたので、もちろん南正人さんは知っていたし、隣に座って喋っていること自体が信じられない気分だった。



lownの2周年記念大会に話は戻ります。
エレベータから出た瞬間、そこに居たのは間違いなくあの「ナミさん」だったのです。
とても話しかけることなんてできません。
でも、ライブ後半、酔った勢いで話かけてみました。

あの・・・阿佐ヶ谷のキャデラックベイビーって覚えてますか?
もちろんだよ!やすしとかね!
ああ!感激である。ちょっと昔話をしてもらい、
そういえば、やすしどうしてるんでしょうね~



ほんの一瞬間があいて

死んだよ。
もう10年、いやもっと前、20年は経つかな。

なんとか平静を装って会話が続いたが、あとでジワっときてしまい、ちょっと視界が霞んでしまいました。
なんだか懐かしい宝物が弾けて飛んで行ってしまったよう。

やすし!
今さらで申し訳ないけど、ご冥福をお祈りします。



でも気を取り直して記念撮影。
南正人さん、店主吉田達二さん、最前列は70年代にナミさんのバックで弾いていた古田勘一さん。

ちなみに、ナミさんは「もう70歳なんだよ」とのこと。
でも、まだまだ元気です。

生きててなんぼのものですからね。

ちょっと湿っぽい話になってしまいましたが、lown2周年おめでとうございます。
これからも宜しくお願いしますね!