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日々の記録がフェイスブック過多になっているんで、今月からまとめの総集編でも作るかなと思ってみました。
し、しかし意外にもいろんなことがあり過ぎ、やはり全部は載せられません。
とりあえず、いつまで続くかわかりませんが、10月の総集編です。



10月10日
プチR-50 Blues Projectにてライブ。

ほぼマンツーマンのお客様(笑)、ありがとうございました!




10月12日

久々、所沢の「百味」
素晴らしい飲み物の料金。
今は亡き、昔の大箱居酒屋。

かつては地元の清瀬、ひばりヶ丘にもあったのだが、みんな閉めてしまった。
残念・・・




久々、所沢に来たのはこちらが目的。
いまや西武線沿線が第二の故郷になってしまったW.C.カラス。
&ウッドカッターズ。
岡地曙裕氏、江口弘史氏、JUJU井上氏(すみません写真切れてます)という凄いバック。




10月18日

吉祥寺BAOBABにて、78回転SPを聴く会。
山名昇さん、わだまことさん達に加え、ななななんと!!!
西荻の名レコード店、ティアホアナの店主だった石田秀明さんがゲスト!
23年ぶりの再会!
30年前、私はかなり濃い常連でした!
何度も店に泊めてもらったし(笑)




10月22日

そして、ここ数年、かなり濃い常連の「鳥和可」店主、若山光一郎氏の誕生日。

大根みたいですが、ロウソクです。




10月23日

ちょっとご無沙汰してましたが、久しぶりに西荻の「ほうぼう屋」さんへ。

たぶん、かつてティアホアナ通いをしていた後にできたお店だよなぁ。

でも、相変わらず西荻は良い街です。



10月25日

毎年恒例の東京タワープロレス!
今年は集合人数少ないながらも、サービス満点の場外乱闘ふんだん。
駐車場特設リングながらも、今年も東京タワーの中まで乱闘が。
これも恒例、「お気を付けください!東京タワー!お気をつけください!」のアナウンス。



スリー、ツー、ワン、ゼロワンッ!




そして、そして、この日はプロレス呑み会に参加せず、学芸大駅へ!

なんと、凄いこの組み合わせ!!
三上寛さんを観たのは、40年以上前。
遠藤ミチロウさんは、実は初めての生ライブ。



1部、寛さん。2部、ミチロウさん。
そしてアンコールで競演!

夢は夜ひらく!!




10月29日

先日の健康診断の結果来る。

毎日ガバガバと呑んでる結果です。
γ-GTPは下がる一方!
中性脂肪もコレステロールもバッチリ!
油モノ、ラーメン、肉、等々大好きなんですが・・・
特異体質かもしれません。



10月30日

やはり、しばらくぶりの下北沢Lown。
とにかく、このお店は好きなんです。
音もいいし、お店の雰囲気も好き。

そして大好きなケニーさん、観に来ました。



ケニー井上さん、やはり凄い!
またライブご一緒させてくださいね。

野澤享司さん、実は初めてでしたが、ギター天才ですね。
終わってチラリとプロレス話。
胡散臭いもの好きという共通項(笑)

正月もそろそろ終わりそうな今日この頃。
実は、ちょっと気になっていた不祝儀な話題を・・・・・。

昨年の暮れのこと、一枚の喪中はがきが届いた。
差出人はY山さんという方。
てっきり、嫁のちょっと遠い親戚筋の方かと思い(同姓の方がいたので)、なんとなく文面もよく読んでいなかった。
で、年末ぎりぎりになって年賀状の作成に着手する際、何通か届いた喪中はがきをチェックして気づいた。
Y山さんとは、全く見ず知らずの方だった(ひょっとしたら数回お会いしてるのかもしれないが)。
「生前は義父がお世話になりました・・・云々・・」とあるが、その義父の方の名は「Y北滋孝さん」であった。
夫婦連名なので、ご主人から見て「義父」なのであろう。
ということは、「Y北さん」の娘さんがY山さんの奥様ということだ。

ちょっと「Y」の字が多くて判りづらいと思う。申し訳ない。

「Y北」さん、もう17年ほどお会いしてない。
西荻窪にあった「おふくろ」という小さな居酒屋のオヤジであった。

話せば長くなる。
まだ私が20代のころ、西荻窪に「Tia Juana (ティア・ホアナ)」という、濃いレコード店があった。
実は、この店でジャンプ、ジャイブ、果てはJUJU Music やリンガラまで洗礼を受けたのである。
あっという間に常連になってしまい、大学の授業を途中で抜け出して毎日のように行ったものである。
店主のI田さんは豪快な方で、店内で宴会になってしまうことも多々あり。
20時の閉店時間と共に客で来ていた者と一緒に、夜の街へ繰り出す毎日であった。

いろんな店を教えてもらったが、一番よく行った店が「おふくろ」。
カウンターに5、6人。テーブルがひとつだったか、ふたつだったか(記憶が曖昧)。
ほとんど使われないような4人席の小上がり。
店名とは裏腹に、カウンターの中を仕切るのは、たぶん当時60歳すぎくらいの白髪のオヤジさん、 Y北さんだった。
まだ若かった私は、飲み屋といえば「安くて量が飲める」というノリだったが、この店ですっかりカルチャーショックを受けてしまう。
旨い日本酒と、旨い料理である。
当時はまだ日本酒ブームなんてなかった。
まだ、特級酒・一級酒・二級酒、の時代だ。

そこで、旨い日本酒をさんざん教えてくれた。
旨い刺身、料理も抜群だった。
忘れもしないよ「牡蠣の柚子釜」。


25年前、「おふくろ」の前で
たぶん25年以上前の写真だ。

よくあったもんだ。

もちろん、若いし・・・・・。

全くブルースやソウルからかけ離れた場所だったが、オヤジさんの昔話やうんちく話を聞くのが、とても楽しくてしようがなかった。
いつしかY北さんのことを、「おとうさん」と呼ぶようになり、私にとっての大切な隠れ家的な店となったのである。

西荻窪は南口の「おふくろ」、北口の「眞砂」が旨さでは双璧だったが、いまは共にない。

ここで教えてもらった、庄内の「栄光富士」という酒蔵の酒は、私にとってフェイヴァリット日本酒である。
「栄光富士」の「古酒屋のひとりよがり」など飲むと、あの頃の「おふくろ」の思い出が溢れ出してくる。
マニアックな旨い酒を、全く自慢することもなくさりげなく飲ませてくれる店。
あんな店は、もう巡り合えないだろうな。

Y北さんには、私の結婚パーティー(これも、もう今は亡き、吉祥寺「のろ」だった)に来てもらった。
最年長者なんで、ステージの上で挨拶してもらったなあ。
最後に「おふくろ」へ行ったのは、うちの嫁と岡地夫妻とだったような記憶がある。
奥の小さな小上がりで飲んだ。

体調を崩して、店をやめたという話は聞いた。
不義理なことに、この十数年は年賀状のやりとりだけ。
それも、ここ2,3年は送るだけになってしまい、少々心配していた。

1年半くらい前のこと、西荻窪界隈ではまさに地酒のオーソリティである「三ツ矢酒店」へ栄光富士を求めに行ったときのこと。
たまたま、大旦那さんが応対してくれたので「おふくろ」の話をしたら、「ああ、Y北さんね、まだ元気だよ。たまに来てくれるしね」とのことでホッとした。
また来たら渡してほしいと、名刺を置いていったのだが、果たしてY北さんの手まで渡っただろうか。


今の「おふくろ」
その時、「おふくろ」の店の前まで行ってみた。

なぜか、まだあの時のまま(住居は別だった)。

まさか、もう一度復帰するつもりだった?
そんなことはないと思うけど・・・・・・。


捕鯨禁止になって、鯨が食べれなくなる、というとき
「よし!うちで鯨パーティーやりましょうか」
と言ってくれた。
確か、7,8人集めて店は貸切。
料理代として一人3,000円しか取らなかった。

そして、「伊藤さん!見てくださいよ、この尾の身のきれいなこと!」
調理場のまな板の上、これからさばかれて刺身となる鯨の尾の身を前にして、嬉しそうに包丁を持つおとうさん。
あんな尾の身はこれからも食べれないと思う。

ありがとう、Y北さんのおかげで楽しい酒を飲めるオヤジになったよ。